第十章:新たな始まり、そして残された時間
福原さんの、思いがけない、しかし、温かい言葉を受けて、私と彼女の関係は、まるで、凍てついた大地に春の陽が差し込んだかのように、少しずつ、しかし、確実に、変化していった。彼女は、私の、誰にも言えなかった病状を、驚くほど冷静に理解し、あの、複雑な事情を抱えた同居人のことも、受け入れてくれた。部署の、温かい仲間たちも、私たちの、少しずつ近づいていく関係を、陰ながら、温かく見守ってくれた。特に、あの、面倒見の良い寺田さんは、私の病気のことと、福原さんのことを、まるで、自分のことのように心配し、陰ながら、色々とサポートしてくれた。
「松雪、福原さんと、なかなか、ええ感じやんか」
ある日、寺田さんが、いつものように、ニヤリと笑って、俺の肩を軽く叩いた。
「そんなん、あらへんて」
俺は、照れ隠しで、そっぽを向いて否定したが、顔は、きっと、耳まで真っ赤になっていたはずだ。
私は、同居人との、これから先の関係についても、少しずつ、福原さんに話すようになった。彼女が抱える、深い心の傷、そして、彼女が、少しずつ、しかし、確実に、前向きになろうと努力していること。福原さんは、いつも真剣に、私の言葉に耳を傾けてくれ、時折、彼女が、過去の辛い経験を乗り越えるための、貴重なヒントをくれることもあった。
ある日、私は、福原さんと二人で、会社の近くの、こじんまりとした、落ち着いた雰囲気のカフェで、初めて、二人きりでランチをしていた。
「松雪さん、今日、なんだか、本当に、顔色が良いですね」
福原さんが、まるで、春の陽だまりのような、優しい笑顔で、そう言った。
「そうか? きっと、福原さんが、こうして隣にいてくれるからちゃう?」
私は、照れ隠しで、冗談めかしてそう答えた。福原さんの、白い頬が、ほんのりと、桜色に染まる。
「……そうかもしれませんね」
彼女は、照れたように、俯いた。その、何気ない仕草が、俺には、たまらなく可愛らしくて、胸がドキドキした。
しかし、私の心の奥底には、常に、拭い去ることのできない、暗い影が付きまとっていた。余命中央値10年。そして、近い将来、確実にやってくる、車椅子での生活。このまま、福原さんの、温かい優しさに、ただ甘えていて良いのだろうか? いつか、彼女に、計り知れない悲しみと苦しみを与えることになるのではないだろうか?
ある週末、私は、一人で、金沢文庫の近くの、静かな霊園を訪れた。あの、かけがえのない宏美さんのお墓の前に立ち、私は、この数ヶ月の間に起こった、信じられないような出来事を、一つ一つ、心の中で報告した。
「宏美さん、あのね、また、恋をしたよ。 世界で一番、可愛い人。まだ、そっちには行けへん」
そして、福原さんのことを、包み隠さず、全て話した。私の、誰にも言えなかった病気のこと、複雑な事情を抱えた同居人のこと、そして、それでも、ありのままの私を受け入れてくれた、彼女の、まるで天使のような優しさ。
「宏美さん、俺、一体どうすればええんやろ。このままで、本当に、ええんかな」
冷たい墓石にそっと手を合わせ、私は、心の中で問いかけた。しかし、当然のことながら、優しい答えが返ってくるはずもなかった。
私は、残された、わずかなかもしれない時間で、福原さんに、一体何ができるだろうか。彼女に、これ以上、悲しい思いをさせたくない。私が、彼女を悲しませる、その原因になることだけは、絶対に避けたい。しかし、それでも、福原さんの隣で、他愛もないことで笑い合っている自分が、たまらなく幸せだと感じているのも、また、紛れもない事実だった。
この、いつまで続くかわからない、儚い幸せが、いつか終わりを迎える日が来るかもしれない。それでも、私は、この、限られた時間の中で、彼女の、その眩しい笑顔を、何としても守りたかった。そして、あの同居人のことも。彼女が、私が、この世から去った後も、しっかりと、自分の足で、自分の人生を歩めるように。彼女が、安心して、次の、本当に心から愛せる人を見つけて、幸せな家庭を築けるように。
私の人生は、振り返れば、大した価値もない幼少期から始まり、常に、絶望の淵を彷徨っていた。しかし、あの、短いけれど、かけがえのない時間の中で出会った、宏美さんとの出会いが、私に、初めての、温かい光を与えてくれた。そして、今、こうして隣にいてくれる、福原さんとの出会いが、私の、モノクロだった世界を、信じられないほど鮮やかな、美しい彩りで満たしてくれた。
私の病気が、いつ、急激に悪化するかなんて、誰にも分からない。明日かもしれないし、一年後かもしれない。中央値が10年てだけで、長生きする人もいるし。ただ、私は、今、確かに、ここにいる。福原さんの、温かい手の隣で、こうして、笑っている。それが、今の私にとっての、何よりもかけがえのない、一番の幸せなのです。




