99限目「陽精樹の猛攻」
先に仕掛けるのは俺だ。《大気断裂》の連撃をかける。だが陽精樹も無数にある枝葉で防御線を張る。枝葉が次々と斬り落とされるものの、斬られた傍から新たな枝葉を生成していく。流石の再生能力だ。
俺は一際大きな《大気断裂》を放つ。威力の増した魔法は何重にも重ねた防御を突破し、ようやく本体に大きな傷がつく。しかし多少の時間はかかるものの、やはり傷は見る見るうちに塞がっていく。
うむ、厄介なことこの上ない。
こちらが攻めあぐねていることを見て取ったのか、陽精樹が反転攻勢に出る。
防御に回していた枝葉を全開放すると、幹の中央にある大きな口が開いていく。魔力の集積が感じられる。何かが来るな!
「グオオオオア~~!!!」ものすごい大音量で咆哮を上げる。これは《威圧咆哮》だ。威圧や恐怖を与え、精神的・肉体的にダメージを与える攻撃である。さしもの俺も身体がビリビリと痺れを感じる。
それを好機と捉えた陽精樹は、根っこを鞭のようにしならせ俺に強烈な連撃を上から叩き込む。その猛攻に思わず地に膝をついてしまった。
「グレン!!」たまらずシェステが声を上げる。俺が戦いで地に跪くなど見たことがないだろうから、動揺しているのだろう。
「心配するな!問題ない」俺はゆっくりと立ち上がる。服は一部裂け、腕も赤く腫れあがっている。
「人の身❝のまま❞でどこまでやれるかとは思っていたが、まぁこんなところか。陽精樹よ、なかなかやるじゃないか」
今更言ってもあれなのだが、俺は《魔王》だ。強さに関しては絶対の自信がある。だからこそ。慢心しないためにこの世界に来てからは❝縛り❞を設けている。
《身体組成を人族に作り替え、❝人の身❞で生活すること》である。もちろん、《惰眠》のレプトは例外だ。そこまで酔狂が過ぎると逆効果になってしまう。
四聖獣と言っても俺にとっては土地神のようなイメージだったが、いやいやどうして。国を、そこに住まう民を長年に渡り守ろうとする気概、その意志をもって培われた力は、全くもって侮れないことに今更ながら気付かされる。
やはり俺の器量もまだまだだな。
「これは、俺も気合いを入れ直さねばならん。さぁ来い、小僧!❝格❞というものを教えてやろう!」指をパチンと鳴らすと、裂けた服も腫れあがった腕も原状回復する。回復能力はお前だけの専売特許ではない。
俺の強い気配に呼応するがごとく、陽精樹は根っこの先端を鋭く尖らせ、まるで槍のように俺へ向けてきた。そのまま俺へと再び連撃を浴びせる。
通常ならばひとたまりもないが、回復させた時のと同時に展開した5枚の防御結界が攻撃を通さない。
物理攻撃が通らないことを察知すると、陽精樹の前面に無数の魔法陣が展開される。そして次の瞬間、無数の閃光が降り注ぐ。光属性魔法《陽光閃》だ。乱射されるレーザーに照射された地面が融解し、灼熱の溶岩と化す。
防御結界も何枚か貫通している。陽精樹の奥の手とみた!
ならば、俺も相応のお返しをしなくてはな!俺は両手を広げ魔力を展開する。
「顕現せよ!神代の鏡!」瞬く閃光と共に白銀の意匠を施された神々しい鏡が大量に出現する。
「お前に全てを還そう!《因果応報》!!」乱射されたレーザーは鏡で全てを集束され一つの大きな光の束となり、陽精樹へと戻っていく。そして……。
眩い光が当たりを包む。しばしの静寂がその場に流れる。光が消え、姿を現した陽精樹は、長きに渡りその身を支えていた胴体のその太い幹に巨大な穿孔が穿たれていた。
「ぐはっ!」堪らず陽精樹が前方に崩れ落ちる。
「見事だ!よくぞ成し遂げて……くれた!」意識が戻ったのか、先程の優しき声が耳に届く。心の枷が取れたのかもしれない。とても清々しい気持ちが伝わってくる。
シェステがこちらへと駆け寄ってくる。陽精樹の意識が正常に戻ったことで、召喚されていたトレント達が姿を消したのだ。
「陽精樹のおじさん!」もはや彼に残された時間はない。それを察してか多くを語れずにいるシェステに最後の力を振り絞り声をかける。
「よいか、悠久の時間を過ごしたこの身なれど、最後にお前達に会えたことは僥倖であった。儂は輪廻の輪に戻る。存在は消えぬ。再び相見えよう。平和な世になっていることを夢見て……」陽精樹の眼が静かに閉じられると、その雄々しい身体は光の粒となって空へと駆け上っていった。
「グレン、おじさん行っちゃったね……」寂しそうに空を見上げるシェステに俺は笑顔で声をかける。
「陽精樹も言ってただろう?また会えることを楽しみにしてるってな。ほら見てみろ」俺が地面を指差すと、そこには小さくも力強い若葉がこちらを向いていた。
「これって!」
「あぁ、陽精樹の❝生まれ変わり❞ってところだろう。ここからまたこの世界を見守ってくれるだろうさ」シェステの顔がぱっと明るくなる。
「おじさん、かわいくなったね!よしよし。しっかり育つんだよ~」手で若葉を優しく撫でるシェステであった。
「よし、これで社の魔法陣から海底神殿に行ける。いよいよクシナ姫との初顔合わせだ。シェステ、行くぞ!」
「うん!」二人で社の中へと移動する。
陽精樹が活性化させてくれていたので、社の中にある祭壇前に小ぶりな魔法陣が仄かな光を放って俺達が来るのを待っていた。
「では入るぞ?」2人で手をつなぎ魔法陣の中に踏み入ると、魔法陣が一際光輝き、次の瞬間には鍾乳石煌めく大洞窟へと転移していた。
ジャキ!そこには見知らぬ男が刀の束に手をかけ、尋常ならぬ警戒態勢をとっていた。




