95限目「シェステ、初陣!」
中型魔獣の姿は両生類と爬虫類の中間のようなものだ。広く刺々しい背びれ、大きな頭、折りたたまれた脚は物凄い太さ、そして脚に負けない太い腕には鋭い爪を備えている。
カエルに見えなくもないがリザードマンぽくも見える。どちらにしても、実に凶悪極まりない見た目である。二足歩行なところがこれまた異様さを掻き立てる。
いずれもこちらを凝視している。今日の昼飯が来たとでも思っているのだろうか。
「よし、俺は左半分を相手するから、シェステは右半分を頼む!」
「OK!」二人は左右に分かれ駆けていく。それに合わせて魔獣達も別れて追いかけてくる。あの脚の筋肉だ。脚力には自信がありそうである。俺めがけて物凄い速さで迫ってきた。
魔獣がその鋭い爪で襲い掛かってきたので、反転し手にしたワンドで攻撃を受け止める。
「俺達はそんなに美味しく見えるか?だが食べられるわけにはいかないな。捕食者がどちらかを教えてやろう」右手のワンドを握り直すと、魔獣達に魔法を繰り出す。
まずは《氷嵐》の魔法。周囲の温度が急激に下がり、木々や地面がみるみるうちに凍り付いていく。
両生類や爬虫類と言えば変温動物の代表格である。筋肉の発達したあの感じだと、脂肪も少なく寒さに対する耐性は低かろう。
想像通り急激な気温低下で動きが鈍る。それだけではなく、凍り付いた地面が接着剤となり思うように動きが取れなくなっていた。そうこうしているうちに魔獣達の足元は完全に凍り付いていく。
こうなると最早いい的である。《真空飛斬》でとどめを刺していく。両生類や爬虫類の肉は味が鶏肉に近い場合が多い。食材に使えるかもしれない。このまま解体して冷凍保存だな。
一方シェステの方は……。
初陣というプレッシャーはなく、自分のできることを懸命に行っているようであった。
戦闘開始直後、シェステはまず強化魔法で各種耐性を上げ万全の防御態勢を敷く。そして攻撃系強化魔法も落ち着いて使用する。
次に迫る魔獣達に得意としているの火属性魔法《火球》を放っていく。
シェステは無詠唱魔法を使用できるようになり、格段に魔法技術の幅が広がった。詠唱にかかる時間が省略されるだけではなく、イメージだけで発動できる無詠唱魔法は、形状や規模、軌道コントロールに至るまで自由度が爆発的に上がるのは当然である。《魔導師》のジョブは伊達ではないということだ。
両手から連続で放たれる《火球》は最も初歩的な威力ながら手数で圧倒している。魔獣の上半身特に頭部を狙うことで、頭部を庇い思うように攻撃に移れない。なかなかやるな。
尚もマシンガンの様に放たれる火球。勿論全弾命中とはいかない。避ける者や爪で振り払う者もいた。だが、シェステは的を外した火球も無駄にしなかった。
引き続き左手で火球を放ちつつも、無傷の火球達を右手でコントロールし空へと集めていた。
魔獣達がシェステの周囲に徐々に集結しつつあったその時、彼女は火球の放出をやめ、両手を天にかざし拳を作ると思いっきり下へと振り下ろす。
拳を作った時、火球はその大きさを急激に小さな粒へと変化させる。魔力密度を急激に増した火球は、振り下ろした途端無数の高熱の弾丸雨と化し魔獣達に降り注いだ。魔獣達の身体を貫通する弾丸に為す術もなく絶命していく。
決着だ。シェステの初陣は圧勝で幕を閉じた。
「見事だ!」俺が受け持った魔獣達の解体が終了した俺は、賞賛の拍手を送りながらシェステに近づいていく。
「ふぅ~。疲れたよぉ~」あの量の魔法を放出し、なおかつ精密とは言わないまでもあれだけコントロールするとなると相当の精神力が必要だ。疲れるのも当然だ。
「そうだろうな。でも上手くいったじゃないか。カーラとの模擬戦もそうだったがいい戦闘センスをしている。今後が楽しみだよ」
「えぇ、全くその通りです。末恐ろしいですね」どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「お前の差し金だったのか」俺が空を見上げて溜め息をつくと、件の彼が姿を現す。《辺境伯》エルガデルであった。
「いえいえ、こんな雑兵で皆さんの実力を測るなぞできませんとも。ですが、今の主は戯れがひどくお好みなようでして」エルガデルは口に手を当てて笑っている。
「そうか、やはりアルバレイというのは惰天四公だったか」エルガデルが出てきた以上、確定だな。
「《遊惰》のアルバレイ。それが今の主の名です。とても楽しい方ですよ?」お前にとっては楽しんだろうが、オルヴァートの民にとっては迷惑なことこの上ないだろうよ。
「《惰眠》の次は《遊惰》か。《遊惰》ということからして、相当ゲームが好きらしい」
「ふふふ、言いたいことは分かりますが我々には我々の使命というものがありますので、ご容赦頂きたい」こいつ常に笑顔で話すところが鼻につくな。
「それでは、本日の役目も終わりましたので、今日はこの辺で失礼致します」
「待て、村人達はどうなったんだ?」見たところ村の中には人間の気配はしない。
「我々が来た時にはもういらっしゃいませんでしたよ。余程臆病な方々なのでしょう。危険を察知するのが上手でいらっしゃる。まぁどこへ行かれたのかまでは存じませんが。
では、またお会いしましょう。御機嫌よう」エルガデルは淡々とそう言うと、ふっと姿が搔き消えてしまった。
「じゃあ村の人達無事なんだね!」シェステが嬉しそうだ。
「そうだな。ちょっと待っててくれ。探してみよう」目を瞑り、探索範囲を拡張して周囲の気配を探る。
なるほど、確かに少し離れてはいるが人間の集団がいるようだ。
「見つけた。魔獣を掃討したことを教えに行こうか」
「うん!」俺達は村民達の元へと向かう。




