90限目「大剣豪アスラ」
「幼少時のザナン様に剣術を指南していたこともある、オルヴァート随一の剣の達人《大剣豪》だ。王族皆の信頼も厚かった。だから王女のことに関して何か手がかりを知っているかもしれない」《大剣豪》か。カーラのジョブは現在《侍》だが、その3つ上のジョブになる。かなりの達人だ。
「今は引退して北の山のお堂に一人で住んでいる。だがな、今あの爺さんは本当に偏屈だから……。そこら辺は十分注意した方がいい」ここまで言わせるとはどんだけ偏屈なんだ?だが、これでやることは決まった。
「わかった、十分注意しよう。王女に会うきっかけがまるでなくて困ってたんだ。本当にありがとう」
「いや、お役に立てて俺としてもこれで面目が立ったってもんだ。上手くいくことを祈ってるよ」二人で改めて献杯をする。
会合を終え部屋へと戻る途中。
大剣豪アスラ……。今のところ王女の行方に関する唯一の手掛かりとなるだろう。それは明日直接会いに行くからいいとして。
魔族アルバレイ。どうやら一筋縄ではいかないらしい。
アスダンから聞いた話では、海賊や魔獣が出没し始めた頃に行き倒れになっていた魔族がとある村で助けられ、恩返しにと海賊と魔獣を追い払ったそうだ。その魔族がアルバレイだった。アルバレイはそのまま自警団を結成し、周囲の町や村を守ったという。
その噂を聞きつけたザナン国王はアルバレイを招聘し、自警団を正式に国家警備隊として再編し国内に配置するようにと勅令を出す。
アルバレイは警備隊長として、日に日に成果を上げ国軍内での発言権を増していった。
ところがある日、事態は一変する。海賊と魔獣が国内各地に押し寄せてきた。だが、警備隊は全く機能しないばかりか海賊を招き入れ、あっという間に国内各地が次々と海賊の支配下に置かれてしまった。
そう、海賊と警備隊はグルだった。そしてその絵を描いたのはアルバレイ本人だったのだ。
こうなってしまっては、手の打ちようがない。まんまと悪魔に国を乗っ取られてしまったというわけである。
だが、本当にそう上手くいくものだろうか?ザナン国王は本当に気づかなかったのだろうか。
これに関しても明日聞いてみよう。何か裏があるのかもしれない。
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――泰都クジェ。王宮にて。
「陛下。クラハ駐留部隊からの定期連絡が途絶えました。陛下のおっしゃる者達が侵入したのやもしれませぬ。すぐに討伐隊を組織……」アルバレイは仮面の男が進言するのを途中で遮る。
「いや、そのままでいいよ。彼らも到着したばかりだ。しばし休息をとってもらおう。じゃないと、こちらとしても面白くない」そう言って果物にかじりつくアルバレイは満面の笑みだ。
「しかしながら、陛下」
「君が心配してくれるのは嬉しいんだが、これは❝僕の❞ゲームだ。君は僕の指示通り動いてくれないと困るんだ、いいね?」
「御意」フルプレートの男は跪いて忠誠の意を表す。
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翌日、教えてもらったお堂へ行くために俺達は朝から北の山を登っていた。少しばかり急な坂も多いが、シェステもいる。雪は積もっていないけれども、慎重に途中途中で休憩を挟みながら、着実にお堂へと近づいていた。
気付けばお昼時である。お堂まであともう少しで到着する、というかもう目と鼻の先のところではあるが、先に昼食にしようか。
今朝港に水揚げされた新鮮な魚を分けてもらった。今日は焼き魚定食と行こう!
焚火を用意して、魚を炙っていく。脂がのっているのだろう。じきにジュウジュウという音と煙と共に、香ばしい食欲をそそる香りが充満していく。
同時に予め用意しておいたおにぎりで焼きおにぎりを作りつつ、ミソスープも手早く作る。
「焼きおにぎりとミソスープ久しぶりだね~!美味しそう!」そういえば、この組み合わせは旅を始める前後によく作ったな。あの頃に比べると随分と料理のレパートリーも増えたものである。
「よし!できた。では頂きます!!」
「「頂きます!!」」
「まてぇ~~い!!!」
「「「???」」」
「何をさも当然のように飯を食おうとしているのだ!人の家の前だぞ!普通は許しをもらうじゃろうが!というか、家主にも振舞うじゃろうがい!」
「うるさい爺さんだな」
「聞こえとるぞ!最近の若者はなっとらん、全くなっとらんぞ!」
「分かった分かった、では爺さん、こっち来て一緒にたべようじゃないか。今用意する」
「おじいちゃん、こっちこっち!!」
「お、おう」シェステの呼びかけには素直に応じる爺さんだった。
「さぁ、食ってくれ」
「おう、焼き具合がちょうどよいな。身がホクホクじゃ」美味しそうに焼き魚を食べる。
「薬味もあるが一緒に食べるかい?」大根おろしにショウユをかけて渡す。
「おお、お前さんわかっとるのぉ~!」そうやって昼食を共にすることができた。
「美味しい食事を馳走になった。感謝する。港の海賊達を懲らしめたのはお前さん達じゃな?そちらに関しても礼を言う」爺さんは頭を下げる。
「そういうあなたはアスラ殿ですね。勝手に食事をして申し訳ない」
「何じゃきちんと挨拶ができるじゃないか。いかにも儂はアスラじゃが、こんな所まで何用じゃ?」
彼には《竜の巫女》などの詳細な話をすることは今はできない。なので、アンバール王とギルドの要請を受けて、連絡が取れなくなったオルヴァートへ派遣された開拓者ということにしている。嘘はついていないです、はい。
「そうだったか。今の状態はアスダンから聞いたんじゃな?ようやく重い腰を上げよったか。あの馬鹿孫が」あぁ、偏屈と言ったのは個人的な感情からか。
「孫ということは、アスダンの祖父ということだったんですね?どうりで名前が似ている」
「あいつも元は衛士隊にいた身じゃ。シャキッとせんから海賊共に好きにされるんじゃ。まぁ一人でやれることは限られとる。儂としても同じようなもんじゃがの」アスラは目を瞑りしみじみと語る。その姿は若干の後悔を感じさせるものであった。
アスラはお堂に戻ると木刀を二振り持ってきた。
「さて飯も食ったところで、グレンとやら」木刀を一振り俺に向かって放り投げる。
カラン……。俺は避けた!
「馬鹿もん!受け取らんかい!」
「いや、ちょっと嫌な予感がしたもので」
「いいから拾って少しばかり付き合え!付き合ってくれるならばお前さんの聞きたいことを教えてやろう」
「アスラ殿、グレンは❝魔法使い❞ですよ?」カーラが疑問を口にする。
「分かっておる」俺はカーラを左手で制止すると、申し出を受けることにした。
「やれやれ、ではお手柔らかにお願いします」俺は右手で木刀を拾うと静かに構えを取った。




