9限目「魔法を見ればそいつのことは大体わかる」
俺の合図をきっかけに2人は鏡に触れる。その一瞬で転移が完了し、周囲を確認する。そこは……。
「池か」2人が立っていたのは、周囲が木々で囲まれる少し大きめな池のほとりだった。
俺は《浮遊》で少し高い所から見渡すと少し離れたところに屋敷を発見する。感じるといった方がよいのかもしれない。魔法で空間が歪んでいるためか、熟練者でも視認は不可能だろう。つまり余程自分の屋敷を知られたくなかったということだ。ここまでする理由は何だ?
ちらりと、下で目を輝かせながら中空に浮かぶ俺を見るシェステを見やる。いや、今は情報不足だ。考えるのはもう少し先にしておこう。
「シェステもやってみるか?」
「いいの⁉」
「ああ、この《浮遊》は簡単な魔法だから呪文を唱えればシェステも浮かべるぞ。少しコツはいるがな。自分がゆっくり浮かぶところをイメージしてやってみろ」
「うん!」少し好奇心が勝っているようだが仕方ない。頑張れシェステ。
「《浮遊》!」ゆっくりとシェステの身体がふわふわと浮き始める。少しふらふらとしているな。❝浮かぶ❞という点では合格だが、もう少し安定したイメージを持たないといけない。
「上手く浮かべないよ~」ふらふらしているので、身体を無理に動かして変な体勢になっている。
「シェステ、浮かぶだけじゃなくてどういう浮かび方をするのかコントロールするんだ。水底から水面に向かって、大きい泡が真っ直ぐ浮かんでいくイメージを思い浮かべてみろ」これでいけるか?
バタついていた動きが止まり安定してきた。成功だ。
「やった!グレン、できたよ!」毎度のことながらとても嬉しそうだ。
「上手くイメージできたようだな。でもそろそろ止まらないとこのまま空の彼方に行ってしまうぞ?」俺が笑いながら言うと、シェステは慌てて止まる。
「いいか、講義の時も言ったが魔法で一番大事なのは❝イメージ❞だ。何時いかなる時も状況に応じて的確に、はっきりしたブレないイメージを頭の中に用意できるようになれば、最強の魔法使いになれるぞ?」
「グレンも講義の時何度も話してたもんね。イメージするのって難しいけど大切なのはすごくよくわかったよ」
「ふふ、俺は自分で言うのもなんだが凄い魔法使いだ。でも長い時を生きてその大半を瞑想に費やしている。つまりイメージの質を高める修行だな。もちろん実戦も大事だ。その両方をこれからシェステにもいっぱい教える。いっぱい覚えて強くなれ。お前もいずれ《魔王》になれるかもしれないぞ?ははは」
シェステは厳密にいえば、魔王になることはできない。魔王になるためにはとにかく呆れるほどに長い時を生きる事が絶対条件だ。もちろん魔力と魔法行使の質を高めるのは言うまでもない。
そもそも《魔王》の語源が《魔翁》であるのも頷ける。遥か昔、魔王と呼ばれたのは魔族最年長の者だったという。長い時を経て練られた魔力と魔法の知識。振るう魔法は芸術のような、神の如き美しさだったと伝承にある。
だが私は思うのだ。長き時を生きる中で、生に喜びを見出すには良い趣味を持つのが一番だと。つまり魔法が暇つぶしの娯楽だった結果、いつの間にか魔王になった、それだけなのではないかと。かく言う自分もその一人である。魔王本人が言うのだから間違いはなかろう。
だからこそ、私は《天秤》の二つ名を愛して止まない。どんな魔法であっても私にとっては宝物なのだから。
シェステはどうだろうか。『ぼくもなれるかな』と以前言ってはいたものの、魔法を、それも存在するもの全てを愛することができるのだろうか。人の身でどこまでできるのだろうか。どれくらい生きられるのだろうか。いつまで一緒にいてやれるのだろうか。
どうやら私の《天秤》はシェステもその秤の上に乗せてしまったらしい。
「えー、なれないよ。僕魔族じゃないもん。でもなってみたいなー」冷静なやつだ。でも十分素質はある。冷静さも魔法使いには必要だからな。
「それは残念だ。じゃ、大・魔法使いくらいには頑張ってなってもらおうか」そうだなシェステ。お前はこの世界での一番弟子だ。世界最強くらいにはなってもらいたいところだ。この歳になっても子供という可能性の塊を見ると心が躍ってしまう。
「おっと話がそれたが、シェステには見えるか?あそこの辺りにさっきまで俺たちがいた屋敷があるんだが」俺が指さした方を目を細めながらシェステが見ている。
「うーん、見えない……。見えないけど、何か分からないけどもやもやしてる」
「ほう、十分だ。いやびっくりした。普通の人間いや魔族でもあれは分からないと思うぞ。おそらくお前の親が結界魔法をかけて空間ごと隔離している。俺達が旅に出ても進入者はおろか、発見することすらできないだろう。安心して旅ができるな」
「出口がこの池っていうのは何か理由があるの?」
「良い質問だ。屋敷から少し離れているこの場所なら、空間隔離されている屋敷を安全に見張れるし、追跡者がいれば誘導もできる。
それにな。鏡と水というのは相性がいい。鏡というものができる前は、水面を鏡として使っていた。『水鏡』という言葉があるくらいだからな。この池の周囲の木々が風防の役割をして、水面も安定している。鏡の呪法を使うには、とても合理的な場所なんだよ。
呪法の組み方といい、場所の選び方といい、お前のパパとママのどちらかいや両方かもしれないがかなり腕の立つ熟練の魔法使いらしいな。俺が認める。自慢していいぞ」俺がシェステの髪をくしゃくしゃとすると、はにかみながら笑顔を湛える。
「魔法というのは使う者の性格が出る、❝鏡❞のように。だから使う魔法を見ればそいつのことは大体分かる。
仲間なら的確なフォローに回れるし、敵なら弱点を突いて制圧できる。魔法を、使うだけじゃなくて観察するのも大事だ。何をすれば一番良い結果へつながるか、逆に何をすれば最悪な結果になるかってのもある程度見通せるようにならないと、立派な魔法使いにはなれない。
大変だが、予想が当たると何よりも嬉しいし、魔法の楽しさを感じることができる。精進すればその見返りもあるってことさ!」本当に好きなものなら達成した時の喜びで多少の辛さなんか吹き飛ぶ。是非爽快感を知ってもらいたい。
「うん、僕頑張るよ!」これ以上ない微笑みを見せ、シェステは決意を口にする。
「よし、ではこれから昼飯にして次の目的地の話をしようか」2人は周囲の地理情報を確認して地面へと降下した。