87限目「アルバの旦那」
手下達は全員制圧され、残るは頭目ただ一人となった。
最後の意地だろうか。カーラに渾身の斬撃を繰り出すが、全ていなされてしまう。結果息が上がって動きが鈍ったところを、カーラは首元に刀を突きつけ、頭目は苦渋の降参を受け入れるしかなかった。
カーラの独壇場を見届けると、俺は母船にゆっくりと舞い降りた。海上に漂う手下達をすべて呼び寄せていると、後ろで頭目が声を上げて最後の負け惜しみを口にする。
「貴様ら何者だ!こ、こんなことしてアルバの旦那がだまっちゃいねぇからな!覚悟しとけよ!」正々堂々戦って負けた割には、元気だな。
「お前達は全員町の衛兵に引き渡す。そこできちんと裁いてもらい、一からちゃんと生きなおす覚悟のあるやつは誠心誠意そのことを伝えろ。
だが、これだけは覚えておくんだ。もしまた悪さをしたその時は、次はないと思え。俺直々に引導を渡してやろう」
「クラハの衛兵にだと?笑わせるんじゃねぇ、あいつらは俺達になにもできねぇ!俺達の後ろにはアルバの旦那がいるんだからな!」なるほど、その❝アルバの旦那❞が自分達を守ってくれると信じてるってわけか。
「あの光景を見ても、そう言えるのかな?」頭目が後ろを振り返ると、港に人だかりができているだけではなく、方や飛び跳ねながら喜ぶ者たち、方や抱き合って涙を流す者たちがいる。どうやら、現状をとても喜んでいるようにしか見えない。
「馬鹿な!あいつら!どうなるのかわかってるのか?」さっきの威勢はどこへやら、頭目の声に落胆の色が見え力が感じられなくなった。
「さて、ハーピー達。お前らはここで解放する。言葉がわかるんだろう?誰か話せるものはいるか?」ハーピーは凶暴な肉食魔獣として認知されているが、昔は神の眷属とも風の精霊にも数えられるほどの存在だったと聞く。無抵抗に人間の言う通りになる事はないと俺は考えている。
「私が話そう。人の子よ」俺は人でも子供でもないんだが、まぁいいだろう。
「感謝する。それで、誇り高いハーピーが何故人の、いやこんな海賊達に付き従うんだ?」
「それはこれだよ。これが施されてしまったが故に我らは従わざるを得なかったのだ」羽毛で見え辛かったのだが心臓の辺りに黒い紋章がある。
「それは奴隷紋だな。こいつらにそんな芸当ができるとは思えんが」海賊に魔法使いや魔獣使い(テイマー)はいる気配がなかった。ということは、これを施したのは……。
「魔族だ。突然現れた魔族に全員紋を施されてしまった。皆仕方なく従っていたのだ」
「それが、こいつのいう❝アルバの旦那❞ってわけか」そいつが黒幕か?
「とてつもない強大な力を持つ魔族だった。身体が硬直して抗することができなかったのだ」
「事情はわかった。なら約束通り解放しよう。《解呪》」ハーピー達から奴隷紋が消えていく。
「おお!感謝する!」
「できれば、今後は人を襲うのは極力避けてほしい。人間も強かだからな。ただじゃ襲わせてもらえんぞ?」人間もハーピーも深刻な食糧不足に瀕した場合、絶対に手を出すなとは言えないだろう。紳士協定を結ぶということでここは手打ちとしてもらいたいところである。
「その通りだな。絶対とは言えぬがその約定受け入れよう」全員が頭を下げるのを確認したので、拘束を解くと住処へと戻っていった。
「それではみんな、凱旋と行こうか」シェステとカーラに視線をやると、笑顔が戻る。俺達が乗る小舟に先導される形で、さっきまで母船であった大きな海賊船が曳航される。何ともおかしな状況だが、港の者達には今は関係ないらしい。
「あんたらが海賊達をやっつけてくれたのかい?」船着き場に到着すると、住民の一人が手を差し出し上陸を手伝ってくれた。
「まぁ、襲われたんでな。襲われる人間の気持ちを知ってもらおうと思って徹底的に懲らしめてやったってわけだ」涼しい顔でそう言葉を吐くと、その男性は大声で笑いだす。
「いや~、こいつはとんだ大物の上陸だぜ。俺はこの港町クラハの町長をしているアスダンだ。よろしく頼む!」握手をすると町長と言ってはいるが、大きく固い手。漁師の手だ。
「俺はグレン。こっちは姪のシェステと弟子のカーラだ。こっちもよろしく頼む」
「歓迎するよ。で、後ろの船は?」
「海賊の母船だが、海賊船にしとくのは勿体ないと思ったんでな、残しておいた。交易船に使うのもいいかもしれんが、そちらで好きに使ってくれ。
あと、海賊達は全員あの船に拘束してある。大人数で大変だろうが、引き渡した後正当な罰を与えてやってくれ。あと誠意のあるやつには、更生の道を与えてやってくれると助かる」
「更生か……。難しいことをいうな。だが、更生したいって気持ちのあるやつには港の仕事を頑張ってもらうとしよう」後は本人達の気持ち次第だな。
「それにしても、頭目の話だと衛兵に引き渡しても無駄だ!みたいなことを言ってたが」アスダンは思い当たることがあるのか顔を曇らせる。
「確かに。そういわれても仕方のない状況だった。ハーピーの監視があったからな。こちらも抵抗できなくはないが全員ともなるとそうはいかない。女子供を守るためには従わざるを得なかった……。
だが、お前さん達が次々とあいつらをやり込めていくのを見たら、いてもたってもいられなくてな。
あいつらに従うのも今日で終わりにしようって、俺達はそう決めたのさ」そう言って笑うアスダンには迷いのない力強さを感じた。
彼から聞いた話だとクラハは、アンバール公国との交易港として栄えていた港町である。かつては3000人程の住民がいたということだが、ここ数年は悪魔の侵攻により交易もままならず、住民も300人にまで大幅に数を減らしているそうだ。
「そもそもどうして海賊がクラハを支配していたんだ?ザナン国王が黙っちゃいないだろう?」アスダンの表情に再び暗い影が落ちる。
「国王夫妻は突然崩御された。ある者に譲位をしてな」何!契約者が亡くなっただと?どういうことだ。
「その譲位された新国王は誰なんだ?」捕縛されている海賊の方を指差し睨みながらその名を告げる。
「あいつが言うところの❝アルバの旦那❞。その名をアルバレイ。魔族だそうだ」




