83限目「波乱の船出」
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――遡ること数日前。
「おいおい、レプトのやつ死んじまったぞ!ルカ爺、あの人間強くないか?こいつは楽しくなってきた」若い青年の姿をした悪魔が驚きつつも笑顔ではしゃいでいる。
「何を言う、アルバ!惰天四公の一角が崩れるなど、あってはならんことじゃ、魔王様に顔向けができぬ!ルチアもそう思うじゃろう?」老人の姿をした悪魔が、怯えた顔で杖の先端を床にぶつけながら、魔王の名を口にしてぶつぶつと許しを乞うている。
「ええ、全くもってその通りですわ。ルカ様の言う通り《怠惰》の系譜に連なる者として断じて許せません。死をもって贖うべきでしょう」美しい女性の姿をした悪魔が、怒りをもってレプトへの憎悪を口にする。
「しかし御三方。レプト様は決して手を抜いていたわけではございません。あのグレンと申す者、相当の実力者にて」
「何を言うかエルガデル。貴様が付いていながら何という体たらく……。怠惰にもほどがある!」恭しく物申すエルガデルに、ルチアは問答無用とばかりに厳しく叱責する。
「ええ、おっしゃる通りでございます。しかし、あの力間違いなく大魔王の予言した❝最強の異邦者❞でしょう。でなければ、レプト様ほどの御方が容易く屠られることなどありえませぬ」
「卿の言うことも一理ある。ここは我らで万全を期して事に臨まねば!」
「ルカ爺は心配し過ぎだ!たかが人間風情に何ができるというんだ。んなもん、遊んでやるだけでいいのさ。何とでもなる」
「それを言うならアルバは楽観的に考えすぎです!《怠惰》の名に恥じぬよう、合理的かつ効率的に行動なさい!」
「おそらくグレン一行は程なく次の目的地へと向かうでしょう。位置的に一番近いのは、アルバ様の管轄地。すなわち海洋国家オルヴァート。
そろそろ方針を決めて頂けると幸いです」
「計画が最終段階に近いので気が進みませんが……。手助けが必要なのかしら?ならば手を貸して差し上げても構いません」扇を口に当て笑みを浮かべるルチアに、アルバが少しばかり機嫌を損ねる。
「別に手助けなんか要らねーし。ほら、俺は2人と違ってもうオルヴァートを手に入れたようなもんだからな!俺だけで十分さ!」拳を太腿にパンパンと打ち付けて、己の意志をアピールする。
「アルバ、そういう時こそ油断大敵じゃぞ!だが、かく言うわしも❝仕掛け❞が芽吹くまで目を離すことができぬ。すまんのう……」伏し目がちのルカにアルバは優しく声をかける。
「いいさいいさ、皆それぞれの仕事に集中しなきゃってことだろう?そのグレンってやつも俺が料理してやる!」
「ならば微力ながら私がアルバ様にご助力いたしますゆえ。皆様どうぞご懸念なく」エルガデルがアルバへの協力を申し出る。
「まぁよいでしょう。アルバの雄姿を高見の見物と行きましょう」
「ならいつものやつ行こうか!」
「あなた本当に好きね」
「まぁよいではないか」
「我ら魔王様の忠実なる僕。
惰天四公が一人、《遊惰》のアルバレイ!【通称:アルバ】」
「惰天四公が一人、《怠惰》のデバルチュア!【通称:ルチア】」
「惰天四公が一人、《怯惰》のゾルカウディ!【通称:ルカ】」
「「「我らが働きをご高覧あれ!」」」
そう言うと3人とも念話を終了し、己が忠誠を示すため各地で行動を再開するのであった。
「さて、グレン殿。次はどう動かれるのか……。お会いするのが今から楽しみです」エルガデルは楽しそうに天を仰ぎ一人ほくそ笑んでいた。
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挨拶回りが終わった翌々日には、王から船の準備が整ったと連絡があった。どうやら王家所有の帆船を貸与してくれるらしい。
宿の主人に今までのもてなしに対する感謝の言葉を伝えた後、俺達は主都北東の船着き場へと向かった。
「これはまた立派な船だな!」3本のマストに立派な帆がいかにも勇壮だ。❝王家所有❞ってのが気にはなってたんだが、まぁそうなるよな。
船員と思しき者達がたくさんの食料や物資を運びこんでいる。冬の西風で割と強い風を受けるらしく、オルヴァート西方の港クラハへは順調に進めば10日あたりで到着するらしい。
指示を出している精悍な男性が船長だろうか。声をかけてみる。
「今回オルヴァートへ向かうことになったグレンと言うんだが、君が船長かい?」
「ええ、私が船長のルドリスです。王から伺っております。責任をもってオルヴァートまでお送りしますので、船旅を楽しんで頂きたい」
さすが王家所有の船を操る船長だ。力強くも気品を感じる。操舵は安心してお任せするとしよう。
「グレンさん!」呼びかけの声に振り返ると、ギルマスのアインが立っていた。約束通り見送りに来てくれたのだ。
「見送りありがとう」
「いえいえ、とんでもない。グレンさんの今後の旅のご無事を祈っております!」
だが、アインはほんの一瞬だけ暗い表情を見せる。顔を近づけ、小声で俺に話しかけてきた。
「実はお願いしたいことがあります。詳細は書面をボックスに送っております。後程船の中でお読みになってください。何かあった際には書面を送って頂ければ、最優先で対応しますので」
「分かった。そんな不安な顔をしないでくれ。せっかくの船出だ。笑顔で見送ってほしいな」アインの肩を叩くと、ゆっくりと大きく頷いて笑顔に戻る。
「こちらが励まされることになるとは、申し訳ない。ではグレンさん行ってらっしゃい!またお会いできる日を楽しみにしていますよ」力強く握手をしてお互いの多幸を祈る。
手を振るアインに見送られ、俺達は出港する。鬼が出るか蛇が出るか。はたまた両方か。どちらにしろ降りかかる火の粉は全部きれいに一掃してやる!
さて内容が気になるし、アインの言ってた文書を確認しようか。
「早速ですが、本題に入ります。
今回オルヴァートへ行かれるということなので、ギルドのオルヴァート支部にも連絡を取ろうと思ったのですが、現在連絡が途絶しております。
オルヴァート支部の現状を確認して頂ければ幸いです」
これは尋常じゃない状況だ。やはりオルヴァートで何かが起きている。船長にも周囲を警戒してほしいと伝えておこう。
そして出港から3日が経った頃、デッキが何やら慌ただしくなってきた。
「どうした?何かあったのか」
「ハーピーの群れが接近中です。危険ですので下がって下さい!」船員が総出で攻撃準備をしている。
遠くの黒い点が徐々に大きく広がっている。ギャーギャーと威嚇音を出しながらハーピーの群れは徐々に近づいてきていた。皆の顔に緊張が走る。




