8限目「守護者(ガーディアン)」
無事に『アルス』という名が決まり、名付けの儀式に必要な詠唱の準備をする。準備と言っても必要なのは、❝主の名❞と❝使い魔の名❞のみ。2つの名さえ明確にすれば文章の構成は好きにしていい。後は恥ずかしいくらい雰囲気を出して名付けるか、所要時間最短記録を目指すかのどちらかである。
シェステはやる気満々の様子で、勿論前者だ。恥ずかしさを感じる歳では全然ないよな。ある意味うらやましいと自嘲気味に思ってしまう。
「よし、せっかくだ。思いきりかっこよく詠唱してやれ。お前の大切な相棒になるんだ。想いをしっかり込めるんだぞ」
「うん分かった!」シェステは机の上にフクロウを移動させると、詠唱に集中する。
「主となる我が名はシェステ=フランベル。汝に『アルス』の名を与え新たなる主従の契約を結ぶ。永久の友誼を捧げ我を助けよ」
言葉一つ一つに想いの力を込め大事に詠唱するシェステ。すると一瞬強い光を放ちアルスの姿はフクロウそのものへと姿を変え、名付けの証たる契約紋が胸の辺りに浮かび出ている。契約紋は契約魔法の行使で浮かび上がる紋章で、行使者の魔力情報が複雑な形状で表されるため同じものが二つとして存在せず、様々なものの有効な証明手段となる。
主従契約においては❝奴隷紋❞と呼ばれることもあるが、私はその呼び名が嫌いである。シェステとアルスの様子を見ていれば説明は不要であろう。
「喜んでいるところ悪いが、最後までちゃんとやらないとダメだぞ?」俺は締めの作業を終わらせるように促す。
「そうだった!ええと、3つの呪文をかけるんだったっけ」
「ああ、順番を間違えるなよ?」シェステは予め教えた3つの呪文を順番にかけていく。
契約紋は唯一無二の形状だが、それだけに複製して悪用される場合も少なくない。そのため重要な契約などで使用した場合、複製防止対策を行う。
まずかけるのは《真実の嘘》。契約紋の形状を作り変え別の紋章へと変化させる。複製しても別物なので被害はない。
次にかけるのは《真実の保護》。この魔法が破られた際に発動し、紋章の視認を妨害し複製が物理的に無効化される。この魔法を1番目にかけても良いのだが、2番目解除と同時に現れる1番目の偽物を、本物と誤認させやすくするフェイントの役目だ。
最後にかけるのは《反撃ー弱体化ー》。襲撃に対して自動で発動する反撃魔法の一つで、攻性防壁とも呼ばれる。その中でも襲撃者の確保という意味では優秀な呪文である。昏睡や麻痺といった、行動不能系統の状態異常を複数付与するので、拘束がとてもしやすい。襲撃者対策としては大多数がこれで事足りる。
この後すぐに分かったことなのだが、この3つの呪文はあまり意味をなさなかったようである。なぜなら……。
「さて、名付けも終わったし『アルス』の能力を知っておこうか」俺はアルスに鑑定魔法を使う。何と、俺の魔法が弾かれてしまった。おいおい、今使ったのは上級魔法だぞ!ならば最上級を…というわけにはいかないか。
俺は先程かけた複製防止の呪文のことを忘れてはいない。だからこその❝上級❞魔法だったのだが、これが弾かれたということはひょっとするとアルスの能力かもしれない。ふむ、想像以上に化けた可能性があるな。少し面白いと感じてにやついていると、シェステは不思議そうな顔で見ている。
「ああ、今鑑定魔法をかけたんだがアルスに弾かれてしまってな。こいつかなりの能力を身につけたかもしれない。きちんと確かめたいから、すまんが先程アルスにかけた魔法を解呪してくれないか?」解呪の練習にもなったから結果オーライってところか。そして今度は弾かれないために最上級の鑑定魔法を使った。
「なるほど。こいつは素晴らしい」思わず声に出てしまった。
「どうしたの?」
「こいつ、アルスは《守護者》の職業を得ている。お前を本気で守る、そう決めたようだ。言葉通り護ることに特化している。俺の魔法を弾くぐらいだからな。結界や防御魔法はかなりの上級呪文を詠唱できるかもしれない。
これなら俺がいない時でも強固な盾としてしっかり守ってくれるだろう。俺としても非常に心強い」と言いながら先程解呪した呪文を同時にかけ直す。
「ちょっと!今何したの?」見逃さなかったか。
「さっき解呪してもらっただろ?もっかいかけ直させるのもあれだから3つの呪文をかけ直した。《三重詠唱》だけど無詠唱」かなりの熟練者である俺としては苦ではないが、シェステには刺激が強すぎたかな?
「え~!何それかっこいい!僕もやりたい!」そうなりますよね。
「シェステ、流石にすぐには無理だ。物事には順序がある。いきなりやると暴走しかねないからシェステのような良い子はマネしないように。大丈夫だ、ちゃんとできるように教えるからそれまでは我慢な?」ブーブー何か言っておりますが気にせず先に進めよう。
「アルス、お前の心意気確かに見せてもらったぞ。これからよろしくな。シェステのことを頼んだぞ」アルスの頭を撫でると気持ちよさそうにしている。どうやら嫌われてはいないようで安心した。
「よし、ではようやく本題だ。アルスに案内してもらおう」少し時間が押しております。巻いていこう!
「そうだね。ねぇアルス、僕たちこの家を出てパパとママを探したいんだ。だから出口があれば教えて欲しいんだけど知ってる?」アルスは羽を広げ胸を張る。無理やり出ることも可能だが穏便に出るのが一番安全確実だ。知っているのは正直助かる。
「ありがとう、じゃ頼むよ!」アルスは元気に羽ばたくと飛び立って迷いなく移動を始める。場所を探すのではなく、すでに知っている感じだな。俺とシェステは後に続く。
そしてたどり着いたのは2階にある夫婦の寝室。その部屋の隅にある姿見の上にアルスは留まっていた。
「ひょっとしてこれが出口なの?」シェステが尋ねると羽をバタつかせる。どうやらそのようだ。鏡を使う呪法は結構一般的な気がするのだが、なるほどそう簡単なものではないらしい。
アルスは再び飛び立つと別の部屋へ移動する。移動したその先は隣にあるシェステの部屋だった。すると同じく部屋の隅にある、両親の寝室にあったものと同タイプの姿見の上に留まる。
「お前の両親はなかなかの実力者だな。これは姿見2枚を使った特殊な呪法だ。お前を護るための侵入者対策であり、間違って外に出ないようにしてくれたんだろう。
鏡2枚を使い2人の術者で、加えて同時に発動させることで始めて移動可能になる。外部からの侵入、内部からの脱出がしづらいようになっているな。今から手順を説明するからタイミングを間違えないようにするんだぞ」レクチャーが終わり、2人はそれぞれの部屋へ移動し壁を挟んで向かい合うように姿見を配置する。
「おーい、聞こえるか!打合せ通り今から壁を3回ノックする。3回目のノックが終わったら鏡に触れる。いいな!」大きい声で手順を再確認する。
「わかったー!」元気な声が聞こえる。服装と持ち出す荷物の準備はすでに終わっている。さぁ、出発の時間だ!期待を込めて俺は壁を3度ノックした。