71限目「決戦!《惰眠》のレプト」
レプトが玉座から腰を上げると、右手を前に出す。
「まずはこれで様子見といこう」
一瞬だが、強い眩暈を感じた。
「まさか」いきなりか。
「ほう、これを耐えてしまうのか。大したものだ。世間では❝禁呪❞と呼ばれるこの魔法《魂睡》を」
「禁呪で様子見とは、豪気だな。恐れ入る」俺も負けてはいられない。
「ならば!」俺も右手を向ける。
「くっ!お前も使えるのか!」
「ははは、様子見なんだろ?お返しだ」俺も《魂睡》をレプトに放ったのである。さすがに効いていないようだが、俺と同様全くというわけではないらしい。
「なるほど、❝様子見❞とは失礼した。フフフ、お互い❝様子見❞程度では到底致命傷とはいかぬよな。少々早いと思うが、奥の手を出させてもらう」尋常ならぬ魔力がレプトの中で高まるのを感じる。
❝奥の手❞か。どれほどの威力があるのだろうか。《天秤》としての性だろう。激しい好奇心を抑えきれない自分がいる。
「誘われし者に馨しき上質の悪夢を。《真なる悪夢》」
周囲の風景が歪みながら一気に闇の中に溶け落ちていく。一点の光源もない真の暗闇。それに先程まであった天地の感覚も全く感じられない。まるで無重力の異空間にいるようだ。いや、実際そうなのかもしれない。
奴め、精神干渉系のみならず時空干渉系魔法まで操るのか、厄介な悪魔だ。
「こうなってしまっては、この闇同様貴様の勝ち筋は一切見えぬであろう!」
憎らしいことを言う。それはそうとヒュンヒュンと周囲を何かが飛び交う音が聞こえる。
すると次の瞬間右腕に痛みを感じる。触ると裂傷ができており、出血しているようだ。すぐに治癒魔法で傷を塞ぐと、すぐさま無数の光の玉を周囲に飛ばす。
1個、また1個と光りの玉が消えていく。というか切り飛ばされている感じだ。それに何か❝違和感❞を感じる。
「ほう。《大気断裂》の刃を飛ばしているな。器用な魔法の使い方をする。これでは通常の物理結界では役に立たなそうだな」言ってる傍から襲い掛かる物理結界をも断つ刃を、かすかな音を頼りに俺は器用に避けていく。
魔法使いの戦い方は中〜遠距離といった遠隔攻撃であり、自然に相手との間合いのとり方が重要になる。俺のように《無詠唱》で魔法を行使する魔法使いは必ずしも問題にはならないが、一般的には近接職との相性は最悪である。
詠唱に時間がとられる魔法使いとは違い、武器を使ってある意味《無詠唱》の攻撃を行えるのだから。
従って、魔法使いの結界は主に自分にとって一番の脅威となりえる物理攻撃に対するものが自然と多くなる。
逆に魔法への対策はというと、魔法使いであれば魔法を扱う者として体内・対外を問わず魔力を巡らせており、それが魔法障壁となるため魔法耐性は高い。なのである程度被弾しても問題はない。
だが、それも相手次第である。相手の力量・技量次第で耐性を超えて貫通してくる場合があるからだ。魔力と知識と経験を総動員して臨む必要がある。
以前❝自然魔法❞と❝概念魔法❞について話をしたが、自然魔法ならばその性質上ほぼほぼ物理結界で防ぐことができる。自然現象の再現、つまり物理性の再現だからである。
ところが概念魔法の場合は、純然たる❝魔法❞として扱う必要がある。そのため、目には目を、歯には歯を、魔法には魔法をという考え方に至る。基本的には全てを魔法で対処しなくてはならない。
魔法使い同士の戦いは非常に複雑で、ある意味そこが非常に面白いところであるし、非常に面倒臭いところでもあるのだ。俺は《天秤》。どちらであるかは言わずもがなである。
「この短時間でタネを見破るとは。全く可愛げのない奴よ。ただ、お主をここで排除すべきだと改めて確信したぞ」暗闇で分からないが、その表情は笑っているのか真剣なのか。おそらくは後者だろう。さっきよりも空気を切る音が増えた気がする。
《大気断裂》という魔法は《風裂斬》の最上位魔法で、本来は自然魔法として分類されるが、奴はそれを❝全てを切り刻む❞という意思を乗せた概念魔法として使っているのだ。全く、ややこしいことこの上ない。
だからこそ、かまいたちのように俺の物理結界を貫通してダメージを負わせているというわけだ。しかもこの暗闇の空間では、ただでさえ視認できない空気の刃で攻撃するという方法は実に有効である。
やはりこの暗さは厄介だ。だが、このうざったい刃の処理もしたい。まぁどちらも一度に処理すればいい話ですよね。
「《轟雷球》」周囲に無数の轟雷球を飛ばす。先程同様魔法の刃が次々と消し飛ばしていく。しかし、❝当たってないもの❞まで消えるのはいかがなもんですかね?
なるほど。さっきからの❝違和感❞はそれか。
でもそれは後回しだ、今は集中しないと。
「《轟雷連鎖》!」轟雷球を中継して雷の連鎖を誘発すると、祭りで灯される無数のランタンのように、闇に包まれていた空間が一気に明るくなる。同時に雷撃の網が形成され、飛んでいた魔法の刃が補足され霧消していく。うむ、成功だ!
しかし、明るくなったがいくら周りを見回してもレプトの姿が見当たらない。
「おい、貴様❝外❞にいるな?」やはりそうか。分かったぞ《真なる悪夢》の正体が。




