70限目「全ての❝要❞」
――幻影城。
結構上ってきたはずなんだが、なかなか玉座の間とやらは見当たらない。あんまり高い位置に配置するのは、部下も面倒じゃないか?と心配なんかしたり。
途中、性懲りもなく悪魔がご挨拶に来るもんだから、余計に時間がかかってしまっている。もうそろそろご勘弁頂きたい。
おっ、なんかそれっぽい所に来たぞ!吹き抜けもここで終わってるし、ここが最終地点らしい。
城門ほどではないが扉が大きく、デザインも城門と対になっているかのように天から無数の天使が絶望を抱き落下している様子を描いている。
「堕天の絵か……」俺が呟くと、ゴゴゴゴゴ……と城中に響き渡るかのように重い音を発しながら、扉が開いていく。まさに地獄への扉といったところだ。
部屋の中はこれまで同様黒で統一されており、柱に灯る明かりがあっても薄暗く感じる。実際よりも遠い印象の最奥の玉座には、レプトの姿も見える。間違いない、ここが頂上だ。
「よく来たねグレン君。歓迎するよ。さぁ、こちらへ」ゆっくりと小さく手招きをするレプトに応じて部屋の中へ踏み入る。
「お招きに応じ参上した。どうやら俺達だけのようだ」部屋を探るが他に誰もおらず、コツコツと足音がよく響く。
「ひょっとしてエルガデル君のことが心配かい?彼のことは全く心配ない。
彼から君の弟子のことは聞かせてもらった。とても喜んでいたよ。一番の探し物が見つかったってね。
残念ながら別の用事ができたとかで、席を外しているけれど」それは本当に残念である。彼にも聞きたいことがあったのだが。
「そうか。では差しで勝負ってことになるのかな?」
「あぁ、もちろんだとも。エルガデル君がいたとしても、ね」そこは玉座に座る者としての矜持なのか、端から自分一人で相手をするつもりだったようだ。
「一つ質問しても?」ダメ元ではあるが……。どうかな?
「僕は君のことが気に入ってるからね。その質問、可能な限り答えようじゃないか」これは好都合だ。ならば……言葉選びには気を付けないと。
「ライゼル王の身柄とシェステの身柄、君等悪魔にとってどちらがより重要なのかな?」
「これはこれは!核心を突くいい質問じゃないか。まぁ、いいだろう。
その答えとしてはシェステ君の身柄の方が重要だと思うよ。だが、王の身柄も確保しておきたいというのが本音だね。何事にも保険をかけておくのは大事だ」シェステの方が優先順位としては上ということか。
う~ん、物事がはっきりするのはよいことだが、これは面倒なことになりそうだ。今後は悪魔の標的がシェステに向くのは容易に想像できるからだ。
「意外だな。本当に教えてくれるとは」
「君がここで倒れてくれれば、教えていないのと一緒だろう?仮に僕が倒れたとしたら緑翠竜から結局真相を聞いてしまうんだろうし。
ま、僕にはグレン君を始末する以外の選択肢が残されてないからね。ここで君が事情を知ろうが知るまいが、別に問題にはならないさ」
実際そうなのだ。俺が主都に張った《聖域》がある限り、悪魔達は王どころではなく主都に入ることさえ叶わない。入れたとしても、俺がいる限り何らかの対策を講じられてしまう。
そう、❝悪巧み❞の全てはこの俺に行きつくようにしてある。最終的に俺を攻略しないと全てが詰んでしまうのだ。
「全く、やってくれたね~。結局君が❝要❞だった。❝急所❞だった。
最初から君だけをターゲットにしていれば、こんなに大掛かりな祭りを開かなくても良かったんだ。いやこれはこれで楽しくはあるよ?しかし、効率がよろしくない」レプトはこめかみを左の指で押さえ、少し後悔している様子である。
「だが、まぁいいさ。要は我らが目的である❝魔王様の目覚め❞が達成できるかどうかなのだから」そう言ってレプトはこめかみから指を離すと、鋭い視線を飛ばしてくる。
「そうか」鋭い視線は一瞬で解かれた。すでに笑顔である。
「ほう、驚かないんだな」
「可能性の一つとしては候補に入っていた。だが、《王の力》と《竜の巫女》がそれにどう関係するのかは実際聞いてみないと分からないが」レプトは《惰天四公》なんて大層な名前だが、要は❝公爵❞だ。勿論、その上には爵位を授けた者、俺と同じ称号で癪に障るが《魔王》がいるはずなのだ。
しかし、こいつにしろエルガデルにしろ、極端に《魔王》の名が出てこない。まるで命令系統がこいつらで止まってるかのようだった。
何らかの理由で《魔王》という存在が稼働していない可能性がある……。そう俺は考えていたのだ。
なるほど❝目覚め❞か。ライゼル王同様、今だ夢の中というわけだ。
「フフフ、お前のことだ。それも❝可能性の一つ❞として浮かんでいたのではないか?」
「あくまで一つの可能性だ。候補が多すぎて面倒臭いんだよ」もちろん、他の可能性も考えてはいた。が、他は可能性としては低いものばかり。なので、そこまで真剣に検討はしていませんでした。
「それは君の❝怠惰❞というものだ。感心しないな~。❝怠惰❞を享受できるのは勤労を追求した者でなくてはいけない」くっ、一理あります。少し胸が痛むじゃないですか!
「さぁ頃合いだ。どちらが《怠惰》であるか、この大陸の運命を握る者であるか、その証を存分に競おうではないか!」変な精神的アドバンテージを取られたまま、いよいよレプトとの決戦に臨む俺だった。




