68限目「幻影城入城」
《飛行》で主都西門を飛び越え移動していると、とても平原に似つかわしくない景色が広がっていた。方や溶岩の広大な沼、方や氷河地帯といった感じで現実感がまるで感じられない。
だが、その理由は分かっている。出撃の指示を出したのは自分なのだから。
大勢の魔物を相手に大立ち回りをしているのは革新者《聖なる風》の面々。強いとは思っていたが、これはなかなか。
悪魔に同情したくなるほどの鬼神と見紛う戦いぶりである。これなら討伐完了も時間の問題だろう。ならば。
「ルノー殿!主都の方はあらかた片付きました!私は幻影城へ向かいます!引き続き掃討をよろしくお願いします!」上空から大声で俺が報告をすると、動きを止めずに言葉を返す。
「こちらは問題ない!思う存分暴れてくれ!全てが終わったら酒場で一杯やろうじゃないか!」ははは、普通ならそれ死亡フラグですよ?だが、そんな予感は全くしない。安心して任せられると確信したからな。
他の二人にも会釈すると、俺は幻影城へと移動を再開した。
「あのおっさん、どこまでも元気だな」ボソッとイザークが呟く。
「イザーク、羨ましがるにはまだ若いわよ」ノエルが淡々と突っ込む。
「そうだ、まだまだ伸びしろってもんがあると俺は思うぞ?」ルノーが笑顔でフォローを入れる。
「あぁ、分かってるさ!今のは聞かなかったことにしてくれ!」気持ちを新たに、番える矢に力を込めるイザークであった。
「到着だな」レプトがいる幻影城の正面入り口、ここが城門だ。
城全体が❝悪夢❞を統べる悪魔らしい意匠で、黒で統一されている。身の丈10倍はあるだろう重苦しい門が眼前にそびえ立つ。彫刻されているのは人が苦しみ叫びのたうち回る地獄の絵。なんとも悪趣味である。
「お招きに預かり恐悦至極。グレンここに参上いたしました」俺がそう挨拶の言葉を述べると、城門がその重苦しい口を開いていく。
招待は本当だったらしいな。違ってたら大恥かいているところでした。よかったです。
入城すると、城門が再び動き出し閉まっていく。開けっ放しは不用心極まりないですよねー。
中は広いロビーとなっており、5本×2列の大きな柱が間隔をおいて中央奥の大階段まで続いている。特に柱に仕掛けがあったり伏兵などもなく、普通に大階段までたどり着いた。
しかし、大階段の傍らに2つの巨大な石像がある。実に、明らかに、あからさまに、怪しい……。
まぁここでにらめっこを続けても仕方ないので、階段を上がろうと1段目に足を付けた途端石像が動き出した。いや動かんのかーい!って突っ込んでみたかったが、そうはさせてくれませんでした、残念。
石像は、ヤギの身体で獅子の頭に蛇の尾といういわゆる《キメラ》の姿をしている。でも石像だから《石像の悪魔》なのか?いや、実は《石像巨兵》だったりするのか?これはこれでややこしいな。一応ガーゴイルってことにしよう。
ガーゴイルは元々❝雨どい❞として使うためにデザインされたものだ。それが転じて魔除け、魔術的には防衛手段としての魔像として利用されるようになったようだ。
相手を威嚇する意味合いもあるのだろうか。悪魔や魔獣のようなグロテスクなものを象るものが多いイメージがある。
とか考えていたら、爪を振り下ろしながら2体のガーゴイルが襲ってきた。
だが、俺は微動だにしない。硬質な音がロビーに響き渡る。俺の防御結界に石像達の爪が当たった音だ。
「石像如きじゃ俺の結界に爪痕は残せないよ」俺の言葉を理解しているのかは分からないけれども、次は蛇の口から《炎の吐息》を浴びせてくるが、やはり俺には全く効果がない。
「アピールは終わりか。じゃ、そろそろ終わりにするぞ?」魔法杖を出し、俺は詠唱を始めた。
「鳴らせ破邪の鐘。聖なる調べを彼の者へ届けよ。《聖輝の鐘》」頭上に現れた2つの輝く鐘が、聖なる響きを奏でる。するとその音が石像に染みわたるようにガーゴイルたちの身体が朽ちていく。2つの石像は、鐘の鳴り終わりと共に砂と化していた。
「大体、悪魔が❝ガーゴイル(魔除け)❞に頼るなんて笑えない冗談だ」そう言って大階段を抜けるのであった。
大階段を抜けると、少し広い空間へ出る。大きな吹き抜けとなっていて、左右に交差するように各階への階段が伸びている。まだ上がありそうだが、❝玉座の間❞ってどこだ?そこの辺りもちゃんと教えてほしかった……。
仕方ない、一つ一つ調べていこう。
目の前に大きな扉がある。造りからして明らかに大広間だろう。扉を押して開け入ると、玉座の間というよりは謁見の間といった雰囲気だ。どこか無駄に広い。舞踏会でも開く機会があるのかな……と思ってしまうほどである。
とはいえ、とりあえず誰もいない……。うん、いないな!次の階へ進むため身を翻すと、後ろから声が聞こえる。
「我らに気付かないとは。所詮その程度か」はい、そうですよー、その程度ですよー。
「ええ、全く気付いておりません。なので失礼いたします」そのまま部屋を出ようとするのだが、相手はさすがに見逃してくれないようである。
「気づいておらぬなら、そのような無粋を働く者にレプト様と会う資格などない!」身体を逸らすと後方から一筋の雷撃が扉に直撃する。結局のところ、攻撃するのは決定事項なのでは?
「つまりはここを通しては下さらぬ。そういうことですね?」改めて振り返ると、そこには宙に浮かぶ羽の生えた3体の悪魔がほくそえんでいた。
「レプト様がお会いになるまでもない!近衛である我らが貴様を屠ってくれる!」
中央の悪魔が雷を帯びた槍を持っている。さっきの雷撃はこいつか。左の悪魔は特に武器らしい武器を持っていない。右の悪魔は腕が長く、その手の爪も長い。身体つきが細く、素早そうだ。近接タイプかな?左の悪魔は少し注意しておこう。
「私も先を急ぎますので、お構いもできませんが。少しだけ遊んで差し上げましょう」
「軽口を叩きおって!」
腕長悪魔が予想通り近接攻撃を仕掛けてくる。だが結界に阻まれその攻撃が届かない。だが奴が結界を引っ搔いた瞬間、結界が解除される。というか溶けている感じだ。なるほど、近衛というだけあって面白い能力をお持ちだ。
上司があいつ(レプト)だし、何らかの呪法かもしれない。一瞬だけ興味を持ってしまった。