66限目「幻影城への招待」
「『よい夢を』か……、粋な弔いだ。ひとまずお疲れ様、カーラ」カーラは刀を鞘に納めると、大きく呼吸をする。
「まだまだ修練が必要ですね。結界の浄化能力がなければ、危うかったです」己の力不足を感じているようだ。
「あれでもな、魔人の中では❝中の下❞といったところだ。確かにまだまだ修練は必要だが、伸びしろがあるって思えばいい。とにかく勝ったんだ。命を拾ったんだ。それでよし!」
「そうですね。そういうことにしておきます」
「そういうことにしておいてくれ」2人で笑っていると、背後に巨大な気配が現れる。この気配、覚えがある。
「おやおや、久しぶりですね。《辺境伯》殿」
「フフフ。挨拶、先を越されてしまいましたね」ふわりと姿を現すと、エルガデルが一礼をして微笑みかける。
「いやいや、グレン殿。あなたの愛弟子シェステ❝様❞は実に素晴らしい!私もこのざまですよ」彼は肘から先が消失した右腕を見せる。しかし当の本人はこの上なく嬉しそうである。
待て、『シェステ』?奴の前で名を呼んだことがあったか?それに少女に対して『様』付け?どういうことだ?
「彼女の結界との相性が最悪で、右腕を消し飛ばされてしまいましたよ。しかし、まさかあの方が、シェステ様が《竜の巫女》様だったとは!!」
「「!!」」そうか、ばれてしまったのか。カーラも急ぎ俺のそばへ駆け寄ってくる。
「なるほど。ばれてしまったのは仕方ないですね。だが、こちらにも分かったことがありますよ?しかも2つ」
「何?」エルガデルが真剣な眼差しをこちらに送る。
「今回の❝祭り❞の目的とあなたの正体ですよ」
「ふむ、詳しくお聞きしたいところですが……。こういう状態ですし、すぐにでも戻る予定ではあったので。この辺で失礼しましょう。
フフフ、あなたの予想が当たってるといいですね。ではまたお会いしましょう」目を細めそう言って帰ろうとしたエルガデルは、ふと思い出したように振り返る。
「ああ、そうそう。幻影城・玉座の間で私の上司レプト様がお待ちですので、落ち着いたら是非お越しください。では御機嫌よう」そう言って今度こそ姿を消すエルガデルであった。
ちっ、正式にご招待されてしまった。これだと断り切れないな。
「グレン」カーラが心配そうな顔をしている。
「言いたいことは分かる。だが今は寝室へ急ごう。事情を聴いておきたい」2人で寝室へ向かい、俺はドアをノックする。
「グレンです」
「大丈夫だ、入ってくれ」いつものアルバートの穏やかな声が聞こえてくる。少しほっとして入室する。
「陛下は無事ですか?」まずは陛下の安否確認だ。
「あぁ、大丈夫だよ。シェステが良い働きをしてくれた」エルガデル相手にしっかりと役に立ったようである。大金星だな!
「それは重畳です。シェステ、大丈夫かい?」
「うん」少し浮かない顔をしている。やはり秘密がバレてしまったのが堪えているようだ。俺の想定よりも早かった。今後の対策もきちんと考えなくてはいけない。
「シェステ、秘密ってのはいつかはバレるものだ。気にしなくていい」秘密を隠し通せる確率はかなり低い。とはいえ思い返せば、結構周囲に話してたから時間の問題ではあった。俺のせいだってことだな。本当に気にしなくていいぞ。
「あの悪魔、まさかそっちにも行ったのか」
「はい殿下。わざわざ招待状を携えて」アルバートと俺は寝室と謁見の間で起きた一部始終を突き合わせ情報共有をした。
「なるほど。シェステのことが相手にバレたということですね。しかし、引き換えに相手の狙いが分かりました」俺は言葉を続ける。
「陛下の命ではなく❝身柄❞であること、それは確定ですね。そしてシェステ、いや《竜の巫女》の身柄もどうやら狙っていたようです」エルガデルは言った。王の身柄を『安全に持ち帰る』のが今回の仕事であると。
おそらく現在主都内外で起こっていること全てが、この一点を成功させることのみに費やされたものだったのだろう。そう、陽動だったのだ。全くもって派手な祭りにしてくれたものである。
やはり緑翠竜が言っていた『王の力』を狙っていた。つまり少なくともエルガデルは俺が知らない真相を知っているということだ。
シェステが《竜の巫女》であるということを知った時の彼の様子も気になる。だが、それに関しては今回の思わぬおまけのようなもの。偶然知ったにすぎないから、今回の事件に直接は関係していないだろう。
しかし、引っかかる。いや、今は考えるべきではないな。
「今は詳細な情報がそろっていません。ただし、陛下が目覚めればすべての謎は解けるはずです。そのためにはやはり敵の首魁を討ち取らねばならないようですね」はぁと溜息をつくと、今後について指示を出す。
「パトリック殿は引き続き軍の指揮をお願いします。シェステは、このまま陛下と殿下の護衛を。カーラはルドルフと《バルーカファミリー》の検挙に同行してくれ」ルドルフは連行されたのだが、あれは貴族の横槍に敢えて乗らせてもらった。
ルドルフもすぐにジーランド警備隊長から説明を受け、検挙に向け出動のタイミングを計っていたのである。
「承知した」「OK!」「分かりました!」
「お主はどうするんだ?」パトリックの問いだが、俺のやることはもう決まっている。招待されてるしな。
「私は敵の本拠地、幻影城へ向かいます」




