61限目「長い一日の始まり」
俺は遅ればせながら晩飯を部屋でとることになったのだが、シェステがこの料理はここが美味いだの、こっちの料理はあの食材を使えないのかだの、アドバイスというか独り言というかずっと話しかけるのでずっと頷きっぱなしでした。気のせいか噛む力が強くなった気がします。
結局その後特に動きはなく、翌日の朝を迎えた。
「グレンおはよう」まだ眠そうな目をこすりながらシェステが挨拶をする。ぐっすり眠れたようで何よりだ。また夢の中で肉料理に囲まれていたんだろうか。なんとも満ち足りた顔つきである。
「おはようシェステ」
「今日は王城に行くんでしたっけ?」カーラがベッドに座り優しくシェステの頭を撫でながら今日の予定を尋ねる。カーラはすっかりシェステのお姉さんだな。見てるとほんわかします。
「王子達と革新者の方々に昨日のことを伝えておかないといけないからな。❝悪巧み❞仲間だから、ちゃんと情報共有しておかないと機嫌を損ねちまうよ」俺は、はははと力なく笑う。
昨日カーライル達との会談でさらに❝悪巧み❞は煮詰まっている。完成と言ってもいいだろう。だからこそ王子達特にアルバートからは情報共有命令が出ている。期待をさせてしまった手前、仲間外れにするのはよくないな。絆は大事にしないといけない。
「ということだから、今日の朝食はしっかりとっておこう。長い1日になるかもしれないからな」
「「お~!!」」特に気負いや不安はなさそうだ。むしろ楽しそうでもある。あー、ハイタッチしてるよ。
いつも通り美味しい朝食をしっかりと胃袋に収め、王城へと向かった。
ギルドには既に昨日のベスタの一件についての報告は済ませているので、特に立ち寄る必要もないだろう。ということで我々は王城へ直行である。
昨日降り出した雪だが、降り方はとても穏やかである。今歩いている大通りも薄っすら積もってる程度だ。優雅に舞う雪の花びらにシェステはご機嫌である。くるくると回りながら顔に触れるとふっと解け行く感触を楽しんでいる。
両親がいた頃もこのように外で雪と戯れていたのだろうか……。ふとそういうことを考えてしまった。
俺の家族は今どうしているだろう。元気に過ごしているのだろうか……。
おっと、軍事区画に到着した。
「おや、君達は昨日の。今日は何用かな?」昨日も会った警備担当の兵士に通行証を求められたので、王子達からもらった許可証を見せる。
「な、これは殿下の!しかも連名?失礼しました。どうぞお通り下さい!」いや別に敬語にならんでも、と思いつつ申し訳ない気持ちでゲートを通過した。
結局王城に到着するまで同じことを2回ほど繰り返すことになった。
王城に到着後は、昨日も来た謁見の間に通された。王子達はまだ入室していなかったのだが、すでに部屋には数人の貴族がいて談笑をしていた。なぜここにいる?意外と暇なのかもしれないけども。
実は当方の❝悪巧み❞が秘かに進行中である。カーライル侯が手を回してくれたようだ。そう、我々3人が殿下に謁見に来るらしいという情報を撒いてくれていたのだ。餌に食いついた魚がこの中にいるかもしれない。
第2王子派としては、目的達成のせっかくの好機だ。なのに公王が目覚める可能性があるとなれば、気が気でないだろう。それならば、この場に張り付きたい気持ちも理解できるというものだ。
謁見の間に入り、歩を進めると貴族達の談笑がピタリと止まる。冷たい視線を投げかけ、自慢の髭なのだろう常に整えながら一人の貴族が声をかけてくる。あれは昨日もいた確か……、そうウルベスとかいう貴族だ。
「ふん、今日も来たのか。一体何用だ?昨日殿下からお褒めの言葉を頂いたので、調子に乗っているのではないだろうな?」動作といい言葉といい、端々に貴族至上主義を感じる。良くも悪くも根っからの❝貴族❞ということらしい。
「皆様のご心配も実にごもっともでございます。しかし、本日の登城は殿下方との約定によるもの。皆様こそどんな用向きでいらっしゃたのですか?」ウルベスの隣にいた貴族が、淡々と言葉を述べる俺に対して気に障った様子だ。怒気のこもった言葉を投げかける。
「貴様!ウルベス伯に対しその物言い!不敬であろう!ここは貴様のような下賤な者がそう度々踏み入れる場ではない。早々に帰るがいい!」伯爵だったんですか、ウルベスさん!
それはそうと……。そうか、そういうことだったのか。カーラと顔を見合わせ軽く頷く。
「そう言ってやるな、エルダン卿。殿下との約定であるならば仕方あるまい。だが、何か無礼な真似をすれば即処断する。それは決して忘れるでないぞ」威圧的な態度で俺達に、いや俺に対してか。釘を刺してきた。
「アルバート殿下、ロベルト殿下、御入来!」一同頭を下げ、両殿下の着座を待つ。
「一同待たせたな。グレン、昨日の今日で登城ご苦労だった。して、登城したということは、何か釣果があったということか?」アルバートが実に楽し気な表情で俺の答えを待つ。
「殿下、顔に出過ぎですよ。えぇ、上物が釣れてございます」その言葉でアルバートは大笑い、ロベルトは苦笑いである。
「本当にお前といると飽きないな。で、釣れたモノとは?」
「そこにいらっしゃるエルダン卿でございます」場内がざわつく。エルダンは拳を握り締め身体を小刻みに震わせる。怒りから来るものだろうか、それとも怯えから来るものだろうか。今の時点では分からない。
「貴様、滅多なことを言うものではない!間違いでしたなどと後で言っても取り返しのつかぬことだぞ?」ウルベスがエルダンを庇うべく声を上げる。
「昨日、私が《ベスタ》を名乗る者より襲撃を受けた折、交渉を持ちかけた者がおりましたが、それがそちらのエルダン卿でございました」
「馬鹿を言うな!何を根拠に!」俺の告発にたまらずエルダンが俺を追及する。
「私の目に狂いはございません。確かにその声と顔。エルダン卿でございました」
「私であるはずがない!」
「この命賭けましても」
「言うたな!声はそうでも顔までは見てはおるまい!」
「おう!これは失礼。確かに顔は隠されておりましたな」
「しかし、何故顔を隠されていたことをご存じで?」したり顔で見つめる俺にハッとするエルダン。一同も息をのむ。俺は昨日の時点で鑑定スキルを使って、情報を得ていたので、確定はできていたのだが。
「ぐっ……」自分がしでかした取り返しのつかぬ失態に、肩を落とし口ごもるしかなかった。そして、彼を庇おうとする者も誰一人いなかった。
隙あらば言葉の揚げ足を取る、そういう部類である彼らは裏を返せば言葉の急所を嗅ぎつける能力が高いともいえる。そう、彼らが黙していることこそが動かぬ証拠なのだ。
「付け加えますならば、先日メイゼルにおいて襲撃をしかけた悪魔と取引をしていた者が、そちらにおいでのエルダン卿でございます」カーラがメイゼル近郊のダンジョン前で目撃した光景。悪魔エンプーサと取引をしていた相手こそがエルダンその人だったのだ。この証言がダメ押しとなった。
悪魔の方はフードで顔を隠していたが、貴族らしき者の方は最初の襲撃が上手くいったからなのか、ガードが甘かったようだ。容姿や声をカーラにしっかりと記憶されていたのだ。
カーラには事前に、顔や声に該当する貴族がいないかチェックするように指示を出していたのが功を奏した。
「エルダン卿、何か申し開きすることはあるか?」アルバートの最後通告に言い返すことはできなかった。
「パトリック、いるか!」
「はっ、ここに控えております」将軍も悪巧み通りの登壇である。
「連行しろ。事情を聴いてやれ」アルバートの命を受け、パトリックがエルダンの所へ近づく。だが、エルダンの様子が変だ。身体の震えが尋常じゃない。
すると、手を取ろうとするパトリックの腕を跳ね除け、力一杯己が意思を皆に告げる。
「私は!我々は!《ベスタ》として、忠義の徒として!ロベルト様への王位禅譲を要求する!それが成されぬ限り退けぬ!私の存在意義なのだ!」アルバートが発言しようとするのを制し、ロベルトが眼に力を込め、懇々と諭すようにエルダンの言に応える。
「エルダン!私にその意志はない。それにまずは陛下のご快復を祈るのが筋であろう。万が一禅譲ということになっても、次代公王は兄以外におらぬ!
私を慕うというならば、私の意思に従ってはくれぬのか?エルダン!」ロベルトの嘘偽らぬ言葉にもはや反論する気力は残っていなかった。エルダンはその場に崩れ落ちる。