6限目「ドールに必要なもの」
《使役人形》。これは魔法によって生み出される使い魔の一種で、地域や流派によって呼び方も見た目も作成方法も変わってくるが、呼び出したものを主と認識して様々な命令を能力に応じてこなす。
「よし、それではこれからシェステにドールを作成してもらうが、素体に使うものは決まってるか?」これが自発的にシェステの行使する初めての魔法となるだろう。成功を確実とするため丁寧に手順を確認する。
ドールを生み出すうえで必要なものが2つある。
まずは《核》。ドールという概念をこの世界に定着させ存在を具現化させるために必要な、まさに魂となる素材であり、ドールにとっては主従契約を結ぶために支払われる❝対価❞である。具体的に言うと❝魔力❞を含むものであれば良い。
選ばれるもので最も多いのは術者の血液や毛髪で、他には予め魔力を込めたものや身に着けている物(指輪や装飾など)でもよい。術者を主と認識させるだけの魔力が込められていれば基本的に何でも構わないのだ。何なら魔力を直接注ぐだけでも構わない。
ただし、高度な要求や精密な自律行動を求める際には核に要求される❝質❞と❝量❞は共に増える。それこそ強固な❝絆❞とも呼べるほどに。
続けて《素体》。ドールの身体を構成するもので、鉱物・金属はもちろん、液体・気体などあらゆるものを素体とすることが可能だ。素体の特徴を活かすことは術師のセンスが問われる、腕の見せ所と言ってもいい。
「うん、あれにする!」
「あれって、本当にあれなのか?」シェステが指さす先にはこの屋敷のリビングにある大きな暖炉がある。それは立派で、とても温もりに満ちた素晴らしい石造りの暖炉。これは立派な《石像巨兵》ができそうだ。
これから寒くなる季節にはぴったりの……。おい待て、デカすぎないですか?高価じゃないですか?生活必需品じゃないですか?ほぼ確実に親に叱られるパターンじゃないですか?疑問が自分でもびっくりするほどすらすらと出てくる。
「デカいし、かっこいいし、暖かいから!」うんさっぱりわからん!
「ちゃんと作成手順は確認したんですよね、シェステさん。初めての作成だし、かっこよさ?を求めるのは分かります。ただ今回に限って言うとデカいのも暖かいのも目標達成という点ではドールに無理をさせることになりますよ?それは可哀想ではないでしょうか?」少し変な言葉使いになっている。
「エー」シェステはすごく不満そうである。俺は大人だ、子供の考えを全否定することはしない。と心に言い聞かせて本来の目的を淡々と伝えて再確認してもらうことにした。
「今回のドール作成の目的だが、❝出口❞を教えてもらうことだっただろう?もしも狭かったり低い場所、逆に高い場所だったりした場合全てに対応できる方がよくないか?
大きいドールの長所は主に、目立つ、高所に便利、壁になるってことだが、今回は小さくて、小回りが利いて高所も探せるものが向いてると俺は思うんだが、シェステはどう思う?」
これは確実に誘導だ。時間に余裕があればじっくりと向き合うし、それこそ操り人形にする気はさらさらない。が、人の寿命は我々と比べると一瞬に近い。私らしくないなとは思うのだが、今回は問題解決のスピードを上げるためにテコ入れさせてもらう。
どうも嫌な予感がする。別に元の世界で俺の仕事が刻一刻と増え続けているであろうことを心配してのことではない。決してそうではない。まだ事態は動き始めたばかりなのだが、一つ一つのことに纏わる謎の❝サイズ❞がでかいのだ。予想よりも事が大きくなるのではという嫌な感覚が消えてくれない。いや、今はやるべきことに集中すべきだな。
「そっか……。無理しちゃうのは嫌かな。じゃあ別のにしよう。う~ん、これはどうかな」少し不安そうに両手に乗せて持ってきたものは、少し小さめの《フクロウの置物》だった。
「ふむ。何でこれにしようと思ったんだ?」シェステのセンスを見るいい機会になりそうだ。
「あのね、さっきグレンが言ったように色んな所を探すなら鳥さんが良さそうだって思ったんだ。それとこれは、パパがお守りにってプレゼントしてくれたものなんだ」先の発言が嘘のように、良い素体を探したな。
「いい着眼点だな。鳥なら高所も探せるし、今回は建物の中だが屋外ならより俯瞰で広範囲を探すことができる。それに小回りも利いて妨害にもあいにくい。回避能力は大きなメリットだ。合格点をやろう」俺の言葉にシェステの表情が明るくなる。
「それにもう一つ大きなメリットがある。それは《物語》だ」
「ドールに必要なものって核と素体じゃないの?」
「ああその通りだ。ドールの作成だけならその2つで問題なく完成する。だが、さらにその上の❝品質❞を求める場合、エピソードがあると術者との親和性、絆と言った方がいいか。絆が高まった結果、より高い忠誠心や信頼を獲得して高度な行動ができるようになるのさ。つまり大切に扱えばドールもそれに応えてくれるってことだな」
ビジネスライクというか、単なるモノとして扱うことを否定しないし、場面に応じてはそれが正しいこともある。だがドールも品質によっては僕と言うより友と呼べる存在になるものもいる。
こちらの都合で生み出す以上最低限の敬意はできるだけ持ちたいと思っている。別れが辛くなるというのが、大き過ぎるデメリットになってしまうのだが。
「父親が❝お守り❞として送ってくれたのなら、きっとそのフクロウはお前の❝護り手❞としてきっと力を貸してくれるだろう。
フクロウという鳥は逸話が結構多くてな。❝福をもたらす❞❝神の遣い❞❝知恵の化身❞と縁起がいいんだ。今回のドールはそれに決まりだ」もちろん逸話に関しては良い話ばかりではない。だが魔法使いにとって、❝イメージ❞というのはとても大切だ。今は言う必要はないだろう。
家の一部となっているこの置物をドールにすることで味方につける。そしてそのドールが❝護り手❞であるというイメージこそがこの空間を支配することにつながる。この場を脱出するにはこれ以上の物は見つかるまい。
「よし、では核の準備をしよう。今回の核は何にするんだ?」
「髪の毛でいい?血液だと汚しちゃいそう」使用すれば血液は魔力、つまり核に変換されてしまうので汚れないんだが……、まぁいいか。痛くない方がいいしな。
「では数本髪の毛を抜いて束ねてくれ。そしてそれを置物に重ねて、願いを言いながら念じるんだ」
シェステがゆっくりと願いの言葉をフクロウに伝える。
「フクロウさん、お願い。どうかぼくの力になって欲しい」