58限目「カーライル邸にて②」
「グレン殿の話を聞いていたが、この面子でもたじろがぬその豪胆ぶり、実に羨ましい限りだよ。よろしく頼む」ジーランドはその……非常に緊張気味である。横には軍事・政治部門の重鎮が座っているのだ。主都の警備を任されているとはいえ、失礼ながら格が違う。
だが、それを言うならば我々の方が格下もいい所である。今回においては国を護るべき者としての矜持を示してもらえると信じたい。
「いえ、私としても非常に心強い限りです。こちらこそよろしくお願いいたします」俺が一礼をすると笑顔で一礼を返してくれた。
「ではこちらのことは皆さんご存じと思いますので、ご紹介は省略いたします」根回しってやつの成果かな?ギルマス、流石です。
「では、カーライル侯」
「ありがとう。では、食事の方から楽しんでくれ給え」チャイムを鳴らすと使用人が料理を運んでくる。これは……前菜!ひょっとしてフルコースを提供するつもりか!さすが貴族だ。庶民にも容赦ないな!
ま、たまにはバランスのいい食事も必要です。シェステ君諦めなさい。
そんな感じで始まった食事ターン。だけれども、意外とシェステは喜んで食べていた。ひょっとして、美味しければなんでもいいのですか?皆さん、これは衝撃の新事実ですよ!冗談はこれくらいにして。口に合ったのならば良かった。
シェステには特に食事マナーは教えていなかったが、美味しそうに食べる様子を見て一同どこか笑顔である。寛容な方々でよかった。警備隊長とカーラが緊張しているのは、気付かなかったことにしよう。
「いやはや、グレン殿のテーブルマナーは完璧だな。まるで王族と会食をしている気分だ」カーライル侯はどうやら俺の値踏みをしているらしい。俺の立ち居振る舞いからすると興味を持たれても仕方ないことか。
「カーライル候、彼の値踏みはそれくらいで良いのではないか?今は優先すべきことがあるだろう」パトリック将軍が侯をやんわり窘める。
「パトリック殿も興味があると思ったのでな。まぁこの辺にしておこうか。
さて、陛下の状況については王子の発言通りなのかね?」切替えはやっ!
「えぇ、間違いありません。陛下は禁呪による魂睡と呼ばれる状態です。ただ、あの場では王子の了承のもと明かしてないこともございます」そこで俺は王の寝室でのことと、そこでの❝悪巧み❞について話をした。
「ハハハ、そういうことになっておったとは。お主も相当な悪者よのう」どこかで聞いたことのあるような台詞を言いながらカーライルが笑う。
「いえいえ、まだまだ序の口です。悪巧みはここからが本番なんですよ。ゴニョゴニョ……」俺が現在考えていることを皆に伝える。
「「ならば我々はゴニョゴニョ……」」防衛対策としてなのだが、正面切って悪巧みができると興が乗ったのか、カーライルとパトリックもノリノリだ。
「よろしい、ではそのように。皆の健闘を祈る!」悪巧みは無事にまとまり、会合は終わった。念のためゴルドーにも魔石を渡して、その場を後にしようとすると。
「カーライル閣下は心底陛下のこと、ひいては国のことも心配されておる。どうかよろしく頼むぞ」言い方はぶっきらぼうだが、真意は伝わる。
「重々分かっております。ゴルドー様もどうかご健勝で」ふん、と背中を向ける。
「またいつぞやの料理、口にするのを楽しみにしておる」そう言って去ってしまった。何とも可愛げのない御方だ、と思わず笑みが漏れる。普段から嫌われ役を演じているというなら、ストレスもかなりのものだろう。食事ごときで幾分和らぐというのなら、いくらでもご馳走しましょう。
「グレン君。少しいいか」今度はパトリック将軍に話しかけられる。
「ええ、大丈夫ですよ」
「今回の件と言い、ラザックやメイゼルでのお手並み感服していてな。会うのを楽しみにしていた。それにルドルフとも懇意にしてくれているようだな」ルドルフと知り合いなのか?あまり接点があるようには思えないのだけれども。
「いえいえ、ただただ旅の上での成り行きでして。やれることをただ必死にやってたらこんなことになってしまっただけですよ?
それより孤児院長とはお知り合いなんですか?」柄にもなく謙遜をする俺を見透かすように笑顔でパトリックは質問に答える。
「面白い男だな、君は。あぁ……。ルドルフとは知り合いというか腐れ縁というか。喧嘩相手と言った方がいいのかもしれんな」喧嘩相手か。その言葉が何故だか腑に落ちる。
裏の人間と取り締まる側の人間、喧嘩はしつつもお互いのことを認める部分もあったのだろう。と勝手に熱い人間模様を想像してしまった。
「あいつも色々あったが、未だに周囲のことばかり世話しよって。自分のことを全く考えることをしない。君のような人がもっと増えれば、あいつももっと人生を楽しく生きることができる……。そう思ってしまうんだよ」ちょっとだけ俯き加減でそう語るパトリックはどこか寂しげで、それはどうみても喧嘩相手に向ける表情ではなかった。
喧嘩するほど仲がいい、という言葉があるが、喧嘩はするがその後豪快に酒場で酒を酌み交わす場面を想像する。
「間違っていたなら謝罪いたしますが、もしかして孤児院の国からの支援の話、将軍がお口添えなさったのでは?」ルドルフは流石に元とは言え裏社会の人間だ。足を洗ったとは言え、国の支援を得るというのは至難の業である。それは誰が口添えしたというレベルではない。もしやとは思ったのだが。
「そんな大層なことはしておらん。あいつが一生懸命踏ん張っていることが認められたということだろうさ」鎌をかけてみたが、本心からの言葉らしい。特に何かに利用されているという話ではないようである。ルドルフの活動が認められているのは確かなようだ。助け船も実力の内ということで、評価は甘々ですけどね。
「ならば、私も少しばかり手助けをすることにしましょう」
「そっちの❝悪巧み❞も楽しそうだな」と2人で微笑み合う。
「では、本命の方は儂に任せるといい。準備はしっかりしておこう」
「主都大掃除の大役よろしくお願いします」敬礼をし合うと、我々は再び姿を消し館を出る。
ギルマスの執務室の窓を開けると、中へ入り再度窓を閉める。
「透明化を解除して大丈夫だよ」俺の合図で全員が姿を現す。
「皆さん、本当にお疲れ様でした。時間はタイトですが、これで全ての下準備は終わりました。明日いよいよ作戦実行です。よろしくお願いします」アインが敬礼をすると、一同敬礼を返す。作戦の成功と国の未来を願って。