55限目「革新者」
「流石に皆を連れて行くわけもいかん。グレン、お前だけついてこい」そう言って、2人の王子が席を立つと、他の者が首を垂れる中、侍従を連れ王の寝室へと移動する。
「グレン、お前のことは完全には信用していない。だが先の言葉に嘘はない。改めてよろしく頼むよ」前を向きながらそう言うアルバートに、皆が言うような❝疑義❞は感じない。そしてロベルトは派閥が分かれていることが嘘のように、兄の隣を堂々と歩く。
「ここからのことは情報が限られた者しか知らん。お前も不用意に漏らさぬようにな」
「はい。心得ております」
「アルバートとロベルト、入ります」ここが王の寝室だろう。アルバートが宣言をしてからドアを開けると、部屋が仄かに明るかった。
公王が寝ているベッドの周囲に魔法陣が浮かび上がっていて、それが仄かに光を発していたのだ。
「やぁ、ルノー。他の2人は休憩中かい?」魔法陣の外、椅子に座ってベッドを見張る一人の屈強そうな男がいた。この部屋に似つかわしくない感じがするが。
「はい、殿下」席を立つと敬礼をする。
「ルノー、紹介するよ。この男はAランク開拓者のグレンだ。今から親父を診てもらう」俺が会釈だけすると彼も会釈を返してくれた。
「で、この男はルノー。今は席を外しているが他の2人とチームを組んでいる。聞いたことあるかな?《聖なる風》という、この大陸にいる唯一の《革新者》パーティーだよ」
《革新者》!どうも見かけないと思ったら、ここで警護にあたっていたわけか。
大陸の最高戦力を警護につけるというのはやはりすごいな。
にしてもこのルノーという男、ただならぬオーラを感じる。なるほど、かなり強いな。
「ではグレン、頼めるかい?」おっといかん、こちらが本命でした。
「あ、魔法陣はそのままで構いませんよ。魔法陣の外から鑑定します」ルノーが仲間を呼ぼうとしたのを制止する。おそらくいったん解除しようとしたのだろう。
「《鑑定》」そう呟くと、ほんのり右手が光る。
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ここは……。王の意識の底か……。
「ようやくご登場だね」どこからともなく何とも気怠そうな男の声が聞こえる。
「この呪いの主はお前だな」
「そうだよ、グレン」
「俺の名を知っているんだな。有名になったもんだ」
「先日のエンプーサちゃんとの戦いをこの目で見せてもらったよ。実に楽しかった!」
「そうかい、ここで一戦ご所望ってことかい?それと、お前さんの名前は言ってもらえないのかな?」
「いやいや、今回は挨拶だけにしとくよ。❝祭り❞の準備がまだ終わってないんだ。
あぁ、そういや名乗るのを忘れていた。僕はこの大陸担当。惰天四公《惰眠》のレプトだ。以後お見知りおきを」
「大層な名前だ。だがしっかりその名前覚えておこう」
「それは光栄だね。エルガデル君も君のことがお気に入りみたいでずっと気になってたんだ。今日は話せてよかったよ。そのうち直接会えるだろう。それまではこの王様の魂、預からせてもらうよ」
「こちらも会えるのを楽しみにしておこう」
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5分ほど経っただろうか。光が止み、鑑定終了だ。
「どうだ?」心配そうに王子2人が顔を覗き込んでくる。
「まず、これは病気ではなく呪法による呪いです。かなり厄介な」王子が顔を見合わせる。
「やはりか」ロベルトが呟く。予想していたのか。
「どんな呪いなんだ?」
「これは呪いですが、系統としては闇属性魔法です。《睡眠》というのがあるでしょう?あの系統の《昏睡》よりもさらに上。
《魂睡》というもので、魂を闇の底へ封印するいわゆる《禁呪》です」部屋にいる一同が驚きを隠せないでいる。
当たり前だ。《禁呪》なんかそうそう目にすることはない。存在すら疑わしい代物だからな。
「解呪はできるのか?」恐る恐るアルバートが俺に問いを投げかける。
「厄介なのはそこです。できるかできないという問いには❝できる❞という答えにはなります。
ただ禁呪指定である魂睡魔法の解呪、それには陛下に呪いをかけた張本人を探し出し、解呪させる。もしくは犯人を倒すという手段しかありません」
「相手が分からないといけないのか……。まずいな」
「いえ、相手は分かりました。先ほど鑑定中に話しかけられたので」
「分かったのか!?いや話しかけられた?で、その相手は?」
「『惰天四公《惰眠》のレプト』と名乗っていました。この大陸担当とも。
相手は公爵級悪魔。おそらく一連の事件の黒幕でしょう」俺は発言を続ける。
「ラザック、メイゼルで相対した悪魔の名前が出ている以上、全てはつながっています。そして近々何かを起こすような口ぶりでした。急いで何か対策を練らないといけません」レプトがわざわざ自分の身分他情報を明かしたのだ。多少なりとも自信があるのだろう。いや、楽しんでいるのか?
「親父の命が目的ではないのか?いったい何がしたいんだ」
「目的は分かりませんが、何らかの理由で陛下の命までは狙っていないようです。逆に言えば、命を落とされては困るということかもしれません。
陛下に何か事情でもおありなのでしょう。何かご存じでは?」《緑碧竜》の言う所の『王の力』が関係しているのかもしれない。
ひょっとすると、悪魔にとって邪魔というよりは利用できる力……なのか?
「いや、何も聞いてはいない。だがそれだけに知らないことが多いと感じるな。ロベルトはどうだ?」
「兄上が知らないことを僕が知ってるはずがないでしょう?でも何だろう。ここが正念場な気はする。父上を何としても守らなければ」周囲に限られた人がいないと随分とフランクだ。
「そうだな。グレン、お主の力を借りたい。その代わり、必要なことがあれば言ってくれ」
「勿論です。そのために今日参ったのですから。それでは、皆さん悪巧みと行きましょう」




