51限目「行き先は孤児院」
さて、次の行き先は孤児院。ジャン・ツェン・バレンの3人とは、ゼトからの依頼で会って以来だ。あれからどう過ごしているんだろう……。
ジャンは真面目に頑張っているだろうか。
ツェンは相変わらず苦労しているんだろうか。
バレンは無口なんだろうな。
楽しみにしているのはシェステも同様である。孤児院へ向かう足取りも軽い。スキップなんかしちゃってるし。
孤児院は王立図書館よりさらに南東に位置し、主都の外縁部にある。大通りからは外れた場所にあり裏路地を通っていく。だが不思議と危険は感じない。
どちらかというと貧困層が住むだろう街並みに見えるのだが、清掃もされていて俗にいうスラムという感じはしない。住民達は皆強かに生きているようだ。時折笑い声も聞こえる。カーラも意外そうに周囲のあちらこちらを眺めている。
そうこうしている内に、孤児院が近付いてきたようだ。子供達だろうか。賑やかな声が響いてくる。
「皆さん到着しました。ここがエバーグレイス孤児院です」意外と大きい建物だ。広い庭では元気に遊んでいる子や木陰で本を読む子がいる。中には洗濯物を干すのを手伝ったり、薪割りをしている子もいる。ここに暮らす者は皆健やかに生きている、俺はそういう第一印象を持った。
「シェステじゃないか!」声が聞こえ、一人走り寄ってくる者がいた。
「ジャン!来たよ!久しぶり~」2人は手をつないで久々の再会を飛び切りの笑顔で喜び合う。
「グレンの旦那!」お、この呼び方は。
「ツェン、そしてバレン。久しぶりだな、元気にしてたか?」建物から出てきたのは、ジャンの世話係兼苦労人の2人だった。2人とも様子を見る限り元気そうだ。
「ええ、お陰様で。旦那方もお元気そうで何よりです。ここで話すのもなんですし、さぁ中へどうぞ!院長にも紹介いたしやす。お連れの方もどうぞ」笑顔での応対だしとても好感が持てるのだが、口調が何とも……馴染めないな。
カーラはここに孤児院があるということは知ってはいたが、訪れるのは初めてだと言っていた。彼女の記憶ではこの辺りはスラムになっているという話だったのだが、事情が変わったのだろうか。
「院長!客人をお連れしました!」ちょっと声が大きいですよ?
「おう!入ってもらえ!」おっと中の人はもっと声がデカかった!力の入った重低音がすでに圧を感じます。
ドアを開けて入ると、精悍でいてかつ威厳のある顔つきの男性が座って資料を見ていた。もっとゴツい感じを想像していたのだが、やや大柄ではあったが意外とスッキリした身体をしていた。
「院長、こちらがあっしらが以前話したグレンさんと姪のシェステさんです。あとお連れの方だそうです」そういうと、院長はツェンを睨みつける。
「お連れの方だと?ちゃんと名前を聞いたのか?失礼だろうが!」
「あぁ、すいやせん!あのお名前は……」
「私はメイゼルでギルドの副支部長をしているカーラと申します。お2人にはギルドの任務で同行させて頂いてます」
「こいつは丁寧に。私は院長をしているルドルフと申します。部下の躾がなってなくて申し訳ない」頭を下げるルドルフに慌ててツェンも頭を下げる。
「いえいえ、私は大丈夫ですのでどうかお気になさらずに。頭をお上げください」カーラは慌てるように全力で否定して、気にしてないよアピールをする。
「ありがとうございます。おいツェン!いつまで突っ立ってる!早くお茶を持ってこい!」へい!と言いながら急いで退室するツェンだった。
「俺はちょっと院長と話をしてるから、シェステはジャンと話してきたらどうだ?色々話したいことがあるだろう?」
「うん。ありがとう!行ってくる。また後でね」ルドルフもとても穏やかな顔で見送る。
「いい姪御さんだ。ジャンとも仲良くしてくれてるそうで、感謝いたします」両膝に手を付けて頭を下げるルドルフに、俺も頭を下げる。
「いやいや、こちらこそ。シェステに同年代の友達ができて私もありがたい気持ちです」顔を上げると2人で笑い合う。
「こういう挨拶も堅苦しいでしょう。お互いフランクにいきませんか?」俺からの提案に嬉しそうに彼は微笑む。
「いやいや、ほんとにありがたい。改めてよろしく頼むよ」がっちりと固い握手を交わす。カーラも笑顔で握手を交わす。
「で、うちのバカ息子の件もそうだが、❝依頼の件❞もほんとに世話になった。
反抗期ってやつはこういう仕事もしてるんで分かってたつもりだったんだが、自分の息子となると勝手が違ってな。ほとほと困っちまってたところだ。
そんな時にグレンと出会ったことで、反抗期と資金繰り両方上手くいって感謝してる」恥ずかしそうに首を触るところがまた、この目の前にいる厳つい男性が、己が子を愛する一人の親なのだと感じさせる。
「不躾ではあるが、良かったらなぜ孤児院を始めたのか、話を聴いても?」ツェンがお茶を持ってきたタイミングで尋ねてみる。彼はお茶を一通り配り終えると何も言わずそっと部屋を出た。
「ま、お前さんなら話してもいいだろう。確かあいつらから少しは話を聴いてるんだったか」お茶を一口飲むと、彼は穏やかに話し始めた。
「俺は昔、裏の世界に身を置いていた。《ルビオファミリー》っていやあ、そりゃサフィールじゃ有名だったんだ。
この国は豊かな国だ。だがどんな国でもはみ出し者ってのは必ずいるもんだ。真っ当な道を歩めないそんなやつが。それが肩寄せ合ってどうにかこうにか生きてたのが、いつの間にか大きい組織になっちまって。自然の流れではあったが、それに対してあまりにも考えなしだった。
サフィールにはもう一つ《バルーカファミリー》ってのがあってな。あいつらは金になるなら何でもやりやがる。盗みに殺しなんか屁とも思っちゃいない。目が合えば小競り合いになるって状況が続くようになってしまってな。
余程俺達が目障りだったんだろう。手段を選ばずっていうか、事もあろうか奴らは貴族とつながりを持ちやがって、俺達を排除しようとして抗争が起きた。
それであいつの、ジャンの母親サラが犠牲になった」ルドルフはもう一口お茶を含み飲むと淡々と話を続ける。
「巻き添えになって放火された家で赤子を助けようとしてな。赤子が助かったという知らせを聞くと、あいつは安らかに笑って逝ったよ。
俺もな。色々考えさせられた。結果俺はファミリーを解散して、今こうして細々とやっているってわけだ」ふぅと一息吐くと、またお茶を飲む。
なるほど、裏組織の覇権争いに嫌気がさしたと言ったところか。今の感じだと気持ちは未来に向いているようだ。ジャンの存在も大きいだろう。子供という可能性の塊を目にすると、決して大人の都合で振り回してはいけない、そういう使命感のようなものを感じるものだ。
「そうか。ふとした時に当時の思いが顔を出すこともあるだろう。その時は今身の回りにいる皆の顔を思い出すといいだろう。きっと力をくれるはずだ」俺も笑顔でお茶を一口飲む。
「そうだな。全くもってその通りだ。ありがとよ。こんな身に染みるお茶は初めてだ」穏やかな午後の時間が流れていく。




