41限目「カーラの剣」
シェステが風魔法の修行に悪戦苦闘している頃。
カーラは己の心と向かい合っていた。
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グレンが言っていた。『剣士とは迷いなく剣を振るう戦士である』と。
私は迷いなく振るえているだろうか。そもそも戦士なのだろうか……。
私の故郷はアルべリオン大陸北東の漁師町セダール。腕っぷしが強いのを見込まれ、小さい頃は親兄弟と共に海へ出てよく漁師の手伝いをしていた。家族の稼ぎはそこまで良かったわけではないが、食べていけるだけの生活はできていた。
しかし、いつの頃からか近くの海域に海賊が出没し、村でも被害が出るようになってしまった。
そんな中だった。いつものように漁に出た折に海賊に出くわしてしまったのである。
「親父!」父が襲われ肩から血を流しているのを見て、一番上の兄が声をあげる。二番目の兄が必死に抵抗しているが、多勢に無勢。制圧されるのも時間の問題だった。
「おっ、こっちのガキ女だぜ!売りとばしゃあ金になる。捕まえろ!」自分を見つめぎらつく海賊達の目に体の震えが止まらない。気が遠くなりそうなとてつもなく長い一瞬を切り裂いたのは、目の前を遮る父の姿だった。
「やめろぉ~~~!!!」自分に近づいてきた海賊を必死に止めようとする。自分はどうしていいか分からない状態だったが、父に対して刀が振り下ろされようとした時、私は気が付けば海賊に対して体当たりをしていた。
低い体勢で体当たりをしたせいで、海賊はバランスを崩して背中の方から倒れこむ。父はその場で手をついて荒く呼吸をしている。
私はもはや自分のことなどどうでもよくなっていた。心の中はこの目の前にいる理不尽の塊への怒りでいっぱいだった。
倒れた盗賊が手放した刀を手に取ると、次の瞬間周囲にいた盗賊達に切りかかる。その時の私の顔はどういう表情をしていたのだろうか……。
おそらく凄まじい形相をしていたことだろう。対峙した賊達は一様に恐怖の顔を浮かべていた。
「ひ、ひぃ~!」
「このガキさっきと動きが別人だ!」
「こいつはヤバイ!皆退けっ!」口々に何かを言うと乗ってきた船に戻ると逃げるように引き返していった。私達は助かった。
次の瞬間気が付くと、父と兄2人が私に抱き着いて涙を流しながらこう言っていた。
「カーラありがとう。もういい、もういいんだ!」
私が剣士のクラスに目覚めたのは、おそらくこの時で間違いない。だが、私はあの時果たして家族を守りたかったのか?怒りで我を忘れただけではないのか?あるいはその両方なのかもしれない。だが、その答えには一生辿り着けない気がする。
これが迷いということなのだろうか……。考えれば考えるほど『?』が増えていく。
結局その後、私の今後を案じた父は伝手を頼ってスタンレーさんに相談し、私は開拓者として新しい人生を歩むことになる。
スタンレーさんは多くを聞かず多くを言わず、ひたすら剣の修行に付き合ってくれた。おかげで副支部長という身に余る役職までもらった。
だが、だがである。未だにあの時の悩みは解決できていない。
「私の剣は何のためにある……」
ふと口をついて出てしまった言葉。はっと我に返る。近くを見るとグレンは穏やかな顔を湛え、シェステちゃんの方を見ていた。
「気にしなくていい。そのまま続けなさい」私の方は一切見ずにグレンは全てを見透かすようにそう言った。まるでさも悩むことが当然のように……。
《悩むのは当然なのか?私は……悩んでいいのか?》
すると、私の気持ちが一気に晴れやかになる。澄み切った空のように。鏡のように波一つ立たない水面のように。
「ふぅ~」悩んでもいいのかもしれない。そう思えるようになると不思議なもので、今までの悩みがどうでもよくなっていた。一つ大きく息を吐くと、また一つ大きく息を吸う。
「グレン」その名を呼ぶと、彼がその穏やかな顔をこちらへ向ける。
「一つ大きな壁を超えたようだな、おめでとう」私はまだ何も言って無いのだが。
「あれ、違うのかい?カーラがとても清々しい顔をしていたもんだから」
次の瞬間、私は自分の感じたことを彼に正直に話すのであった。
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「『剣士とは迷いなく剣を振るう戦士である』と私は言った。だが、悩みのない人間などいない。寧ろ悩みの連続だ。悩まない方がおかしいと思うよ。だが、悩み続けるだけでは何も問題は解決しない。
正解だろうが間違いだろうが、自分なりの答えを見つけ選択しなくてはいけない。そうしなければ場合によっては間違いを選ぶことよりもずっと悪い結果を招くことになる。迷いを纏った剣は他人も自分も傷つける。
『剣は迷いそのものを断つものと知れ』
私の師匠の言葉だ。良かったら君もその言葉の意味を感じてもらえると嬉しい」また教師モードで話してしまった。
「はい!」迷いのないとびっきりの笑みを浮かべるカーラであった。




