38限目「2人へのプレゼント」
料理の準備ができたところで、町長のデリスが登壇する。
「皆、毎日の作業に大変な思いをさせて済まない。特に昨夜の魔獣襲撃に大変な心配をかけた。だがギルドの面々、加えて何よりも新人だがグレンとシェステ、この2人の活躍で再びの被害を免れることができた。2人はもちろん、他の皆も合わせての活躍に心からの感謝を!」広場に集まった者達の歓声と拍手に包まれる。
「グレンとシェステ、そして副支部長のカーラは明日の午後、任務で主都へと向かう。今夜は3人を送り出すためのささやかな宴だが、皆も復興に向けて英気を養ってほしい!では乾杯!」今回囮という任務も担っているため、町長には大々的に宣伝してもらうことにした。これに食いつく者がいれば、願ったり叶ったりである。
全員の乾杯で始まる食事会。行き交う楽し気な会話と歌、それに踊り。声を掛けられ、今後の旅の祝福を願う者、防壁修理への感謝、シェステの演説への賛辞や料理の話など、本当に楽しい宴である。叶うならまた来たいものだと思うことしきりであった。
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――幻影城・玉座の間。
惰天四公《惰眠》のレプトは目を閉じていた。一人玉座でニヤつきながら。
そこへエルガデルがふわりと姿を現す。
「おやレプト様。またもや起きてらっしゃる。どこか身体の調子でもお悪いのですか?」心配の声をかけるもののエルガデルの顔は笑顔そのものである。
「なかなか難しい質問をするね、君は。君もエンプーサちゃんがやられちゃったのを知っているんだろう?」
「確か呪法《悪夢》をあなた自らお授けになったんでしたよね?」
「そうだよ。あれは上手く使いこなせば最強の部類を誇る呪法だよ。だから残念で仕方ないよ」レプトは両手を挙げてやれやれのポーズをとる。
しかし、その顔はとても嬉しそうである。
「ふふふ、その顔を見る限りとても残念とは言い難いですけどね」
「失敬な!残念なのは事実だよ。エンプーサちゃんが僕の呪法を使いこなせなかったってことにね。❝怠惰❞にも程があるよねっ!」強力なオーラがレプトから噴き出す。
「レプト様、そのように興奮されては城の者が怯えますのでお控えくださいませ」はっと我に返ったレプトはオーラを抑える。
「これはこれは、僕としたことが。ただね、僕は《怠惰》の系譜に連なるものとして情けないと思っただけだよ?いやほんと」
「それにしてはとても嬉しそうなご様子ですが」
「おやおやこれまた僕としたことが。いやいや彼女の夢(精神)を通じて彼の、グレンとやらの戦いぶりを見てたんだけどね。面白い!いや、興味をそそるね~。君が目を付けるのも分かる気がするよ」
「お分かり頂けたようで何よりです。人間離れしたその振る舞い、目を背けることなどできましょうか!」エルガデルからも強大なオーラが漏れ出す。
「いいからその漏れてるオーラを抑えなさいよ!君がそれだとシャレにならないから」
「申し訳ありません。お互い気を付けませんと」
「だな」
決戦の日がじわじわと近づくのを楽しむ素振りを見せる2人であった。
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町を挙げての宴から一夜明け、俺達は出立の準備に取り掛かることになった。カーラは町の鍛冶屋で刀を研いでもらっているそうだ。
俺とシェステはその点装備の準備についてはあまり気にしなくて助かる。魔法使いというのは、ほぼほぼ身一つだからな。もちろん魔法を付与した装備を身につけることで底上げができるのだが……。うむ……。そろそろそうした物があってもいいかもな。シェステもおしゃれしたいだろう。
というわけで、ひとまず防具屋へ3人で来ている。カーラが『私にも是非協力させて下さい!』というので、シェステとあれだこれだと楽しそうに選んでいる。
最初のうちはできるだけ目立たないようにとは思っていたんだが、才能がそれを許してくれないんだよなー。いやー困るよなー。なんつって。
問題が起きた時に素通りできるような俺達ではない。そして解決できる能力があるとなってはもはや隠し通すことはできまい。この世界においてはチート級の能力だ。全てを出さなければまだ❝すごい人❞で通すことができる……できますよね?
油断は厳禁なのだが、俺が油断するのはもはや全くないと言っていい。いや、嘘です、ごめんなさい!だが、7000年以上生きた俺の経験値は自慢じゃないが膨大だ。その中には当然油断ありありの時代も含まれる。なので油断しないのがデフォルトになってしまっている。
しかしそれは戦闘や政治に限った話かもしれない。シェステとの旅は心臓が飛び出るほどの驚きというわけではないが、それでもシェステの作ってくれた料理、言動・行動、学びへの姿勢。俺の心に気付きと感動という名の新鮮な風を送り込んでくれるのだ。こんな毎日は本当に久しぶりだ。
いつかこの旅を振り返る時が来る。きっといいものだったと言える気がしている自分がいる。
悪魔がいる、悪巧みをする者がいる。そんな世界の中にあっても、今はこの旅を楽しもうではないか。
そうこうしている内にどうやら防具が決まったようだ。おっ、これは!
「どう?グレン」シェステがくるりと1回転してみせる。
羽根付きの帽子。寒い季節にふさわしい白いファー付きのコート。内側はパンツスタイルの動きやすい感じでまとまっている。靴もボア付きでとても暖かそうだ。
全体的にメインカラーをライトブラウンでまとめ、要所にオレンジのアクセントがとても可愛らしく見える。
防具の感じが薄めだが、きちんと被ダメージ減少や状態異常耐性が付与されている。
「落ち着いた感じだがオレンジが入っていてとてもいい!可愛いじゃないか!」
「えへへ……。そう?そんなに可愛いかな~」自分の服を見ながら照れている。それもまた可愛い。
「良かったね、褒めて貰えて!出発が楽しみだわ」カーラも衣装の選定委員としてとても嬉しそうである。ただ、まだ買ってないんですけど……。いや喜んで買わせて頂きますけどね!
「よし、では防具一揃え謹んでシェステ嬢へ進呈させていただきます」シェステにお辞儀をして伝えると、抱き着いてくる。
「グレン、ありがとう!」
カーラには選ぶのを手伝ってくれた礼として、銀製の胸当てと籠手をプレゼントした。最初は断っていたが最終的には折れてくれた。こちらも非常に喜んでいるようで何よりである。これで2人へのプレゼントという任務は無事終えることができた。




