37限目「次の一手」
「本来は最下層まで調査するべきなんだろうが、この魔法陣を見つけたからには不要だろう。ここから先はギルドに任せたいが、それでいいかい?」
「はい、ここから先は我々にお任せください。あの……」
「どうかしたかい?」
「大変申し上げにくいことなんですが、依頼主と目される者の足取りを辿ることはできないものなんでしょうか?」本当に申し訳なさそうにしている。
「いいさ。必要だと思うことを口にするのは正しいことだ。そんなに気に病むことはないよ。
そうだな。追跡に関しては可能性で言えば、❝可能❞だ。だができると言ってもその先……、相手を拘束できるかは極めて難しいんだ」カーラは《時間遡行》を見ている。仮に足跡が消えていたとしても復元が可能ではないかと期待するのも当然だろう。
「さっきカーラはリターンを見ているからな。だが、あの魔法はさっきも言った通り、ある程度場所を絞り込んでしかも特定の時間の見極めも必要でな。万能というわけではない。それを繰り返して足跡を辿るのは時間がかかり過ぎるし、現実的ではないんだ。
おそらく、《斥候》や《暗殺者》が追った方が的確だろう。だが、さっきの様な罠を張る奴らだ。時間稼ぎの対策をしている可能性がある。
例えば、この辺りは砂地が多いので足跡が見極めづらい。それならばここは早いこと帰還して次の対処に移った方が建設的なのではないかというのが俺の見立てだ」
「そうでしたか。なるほど、おっしゃる通りかと。戻って支部長に報告しましょう!」
こうして、魔法陣の押収を以て今回の調査は終了した。
因みに、帰りは多少ゆっくり目に飛行したのでカーラはホッとした様子だった。本当は一度行った場所には転移魔法で移動できるのだが、それは内緒である。
この世界に来てまだ一度も使って無い魔法を使ったとあれば、シェステが機嫌を損ねてしまう。それは絶対に避けねばならない。これ間違ってないですよね?
「戻りました。支部長?」ギルドの支部長執務室へ戻ると、スタンレーが机に突っ伏したまま手を振って応じる。余程本部とのやり取りが大変だったようである。
「そっちの首尾はどうだった?」
「はい、想定外のことが多すぎて大変でしたが……」カーラがダンジョンでの一連の出来事を報告すると、急に身体を起こし驚きの目でこちらを見渡す。
「はぁ~、なるほど。確かに想定外だが、証拠は押さえることができたんだ。本当にご苦労だった。となれば、次の一手としてやることは決まったな」
「次の一手?」
「あぁ、本部の方も跡目争いの件に警戒はしていたらしくてな。今回のことはSランク案件として扱うことになった。
そこでだ。グレン、カーラを連れて主都のギルド本部で一連の出来事に関して証言を頼みたい」俺は大体の成り行きを想定していたが、カーラは目を丸くしている。
「支部長、私もですか?」
「あぁ、報告を信用はしてくれているが事が事だ。やはり当事者からの証言を直接聴きたいとのことだ。だから、2人とも協力を正式にお願いしたい」
「俺はそうなるだろうとは思っていたし、元々主都にはいくつもりだったから問題ない」
「そういうことなら、私も異存ありません!」彼女はどこかしら嬉しそうだ。
「そうか、感謝する。2人とも主都にはすぐに出発してもらいたい。急いでこのことを」俺はスタンレーの言葉を遮る。
「いや、待て。提案なんだが。ここは敢えて何事も無いように主都にはゆっくり向かいたいんだ」スタンレーが不思議そうな顔をする。
「確かに国家レベルの問題なんだが、それだけにそちらでも準備が必要だろう?こちらがいくら急いでもどうしても移動に時間がかかる。それにだ。こちらが忙しく動くと到着するまでに事を起こされる可能性もある。
それに、こちらがのんびりしてれば向こうにも隙が生まれるってもんだ。俺達が油断せず全力で準備をすることこそが相手を先んじる、それこそ次の一手として最良の一手になると思うんだがどうだろう?」余裕のある笑みでスタンレーを見遣ると、彼は軽く舌打ちする。
「お前さん本当に策士だな。いいだろう、だが、それはグレン達が囮になる可能性があるって事も承知の上なんだな?」
「もちろんだ。カーラさんには悪いが、そこはシェステ同様全力で身の安全は保障する」
「いえ、自分の身くらいは自分で守りますのでどうかお気になさらずに!」彼女は腰に差す刀の束を軽く叩く。さすが副支部長だ。芯は一つちゃんと通っているようだ。
「では、俺達は準備を整えたら明日の午後にでも出発しようと思う。カーラさんそれで大丈夫かい?」
「それで構いません、それと今後はカーラと呼んでください」笑顔で握手をする。
「ああ。カーラ、俺のこともグレンと呼んでくれ。シェステ共々よろしく頼む」
「よし、もうすぐ晩飯だ。今日は昨晩の礼もある。お前達に町民が料理を振舞うそうだ。楽しみにしてくれ!」
「そうか!それは最高の報酬じゃないか。シェステも喜ぶ」
「ははは、カーラは昨日食べ損ねているからな。ジェイドと共に存分に楽しんでくれ」
「はい!食べ物の恨みは恐ろしいですからね?昨日の分を取り返します!」笑い合う皆であった。
外へ出ると、モネが炊き出しの準備を取り仕切っていた。どうやらシェステも手伝いをしていたようだ。
「お~い、シェステ!」お玉を片手に手を振る彼女にほっこりする。
「今日は昨日頑張ってくれたお礼にご馳走してくれるって!嬉しいよね~!」
「ははは、美味しいもの食べれるから礼とか関係ないんじゃないですか?」そんなわけないじゃないかと言わんばかりにほっぺを膨らますシェステ君であった。
シェステには今後の予定を軽くだが伝えておく。快く受け入れてくれた。
「ほう、これは熊肉かい?」大鍋で煮込まれているシチューに目が行く。
「あぁそうさ。熊肉の脂身も赤身も、甘みも旨味もある。煮込み料理には最適なのさ!今日はこの時期特に美味い雌の肉を使っている。楽しみにしてなっ!」腕を組んで力強く言葉を放つおばあさんが作る料理だ。寒くなってきたこの時期には最高の料理だな。
「こっちは昨日俺が作ったレッドボアの塩焼きか」シンプルだがとても美味かった。
「昨日食ったこれが忘れられなくてな。礼にかこつけて作っちまった、ハハハ!」この笑顔が明日への活力だ。俺達もだが、思う存分皆も楽しんでくれ。
他にも様々な料理が並ぶ。昨日処理した肉が大活躍だ。シェステも早く食べたいだろうな。