35限目「利益を得る者」
「グレン。今の話を聴いてどうだ」項垂れたまま俺に意見を求めてくる。
「たぶんその女性の方は俺が戦った悪魔だろう。人間に化けていたのかもな。相手の男性が依頼主だと思う。身分が高い印象か……。確かに貴族が一番しっくりくるが」視線が自ずとゴルドーの方へと向けられる。
「ふん、馬鹿馬鹿しい。国を守るべき貴族がそのような、それこそ馬鹿な真似をするわけがないわ!身分が高そうといっても、豪商や役所の高官なども可能性はあるではないか」
「確かにその通りではある。情報が少なすぎる。断定はできないな。だがメイゼルを襲撃しダメージを与えることで利益を得る。そんな奴がこの国にいる……それは確かだ」俺の言葉に皆一同に押し黙ってしまった。
「質問ばかりで済まない。グレン、お前なりの見立てはあるか?」
「今の段階では可能性があるというだけで見立てとは言い難いな。だが、本質論を言えば悪魔だろうが人間だろうが、行動原理のその根幹は❝欲❞だ。様々な欲の中でもこのレベルであれば『富』や『名声』そんなところだろうと俺は思う」
「『富』や『名声』?」
「そうだ。この町の中で、いや国の中で今後この件で首を突っ込むやつは、善悪問わず何かしらの思惑があるはず。
例えば、経済という観点で見れば金や物資を求め、襲撃によって商売を有利にするための財力低下を目論む。
例えば、政治という観点で見れば様々な地位を求め、襲撃後の復興に尽力することによって人民・権力者に知名度と好感の獲得を目論む。
いずれも可能性はあるだろう。
もちろん女にいい所を見せたいがためにこの状況を演出しただけでした、なんてのも可能性はゼロではない。蓋を開けたら得てして馬鹿馬鹿しいオチだったというのも無きにしも非ずだからな。
だが、それでは悪魔が手を貸す理由には弱い。悪魔にも中には変わり者がいるだろうが、報酬は効率よく入手したいはず。
こんな手のかかることをする以上それに見合う報酬が必要だろうし、そもそもがそれに見合う目的ってのがあるはずなんだ。
俺の想像ではこの国を盤上に何かをやらかそうとしている気がする。あくまでも俺の想像だがな。人一人がやることではない、おそらく徒党を組んでいると思う」
急に話が大きくなってしまった。何でも陰謀論にしてしまうのはいけないが、今回の証言からすればまず複数犯なのは間違いない。
悪魔も馬鹿ではない。相手の弱さを突き、必ずより大きい利益を得ようとするはず。ならば一人の欲望でこんな大掛かりなことをするはずもないだろう。
「なかなか面白い見立てじゃないか。だが、そんな与太話を信じる私ではない!
まぁ、話はわかった。経済的な話に関しては目を光らせておこう。では急ぎ主都へ戻りその辺りの話を上申しておく。町長にはお前から話をしておけ、いいな!」
「はっ、ありがとうございます!」スタンレーに命令後、ゴルドーと執事はその場を退席、すぐさま馬車で主都への帰途に就いたのであった。
――ゴルドーの馬車にて。
「ゴルドー。あのタイミングでの退席、良い判断であった」執事のマイルズがそう言うと、ゴルドーが胸に手を当て応える。
「カーライル閣下、滅相もございません!あの流れですと王家の話に飛び火せぬとも分かりませんでしたので」
「うむ、あのグレンという者。なかなかの慧眼を持っているようだ。物事の本質をよく見ておる。だが、いささか……見え過ぎだ」白い髭を触りながら、『閣下』と呼ばれる執事服のその人物は少し考えこむ。
「もしや、第二王子派が裏で動いているのでは?」ゴルドーが心配そうにマイルズを見つめる。
「そうではないことを祈るばかりだが、これは頭が痛いわい。王には早くお元気になって頂ければ……な」マイルズは中空を見つめ、憂う様な口ぶりで呟く。
「閣下、私でよければいくらでもお力になりますゆえ、そのような顔をなされますな!」
「そうであったな。カーライル=デルズシュタットにはお前ゴルドー=ファウゼン伯爵がおったな。これからもよろしく頼むぞ」嫌な役を進んでやってくれる己の部下に励まされてしまった。
出会った頃は嫌な奴を絵に描いたような人物だったというのに、人は変われば変わるものだなと思うと自然に笑みがこぼれる。
「はっ!この命に代えましても」どこまでやれるかは分からないが、自分の目の黒いうちは邪な奴らの好きにはさせない、そう誓うカーライルであった。
――ギルド内の一室。
未だに今回の件についての話が続いていた。
「実はな、さっきは途中になってしまったんだが可能性としてもう一つあるんだ」俺はもう一つの考えについて思い至っていた。
「もう一つ?」
「何かから目をそらす。何かを隠そうとする。そのための大掛かりな襲撃という可能性、つまり何かの❝陽動❞というわけだ。これに関してはこれからじゃない、これまで起きたことに関して注意を払う必要がある」だが一番厄介なのは。
「そして、3つの可能性全部が目的だった場合もありうる」頭を抱えるスタンレー。まぁ当然か。
「それとだ。一つ確認だが、王は未だご健在なのか?」スタンレー達が顔を見合わせる。
「なぜそんなことを訊く?」睨むような眼差しでこちらを見てくる。
「そんな目で俺を見るな。政治的な観点で言えば、まず思い浮かぶのは❝跡目争い❞だ。その影響のあるなしで、可能性の絞り込みがかなりできるんでな」
「すまんな。もうお前がどっかのスパイに見えてくるぐらい意表を突かれてな」
「支部長。まずいのでは?」カーラが横で訴える。
「いや、こいつは俺が見込んだ男だ。カーラだってそれに異存はないだろう?」
「それはもちろんです!しかし事情を知ってしまわれると変な形で巻き込まれはしないかと」そっちの心配でしたか。
「まぁ、もはや巻き込まれてると思ってもいいだろう。ここは全ての情報を共有すべきだと俺は思う」カーラが静かに頷く。
「これは表には出ていない話だということを理解しておいてくれ。
詳細は不明だが王はここしばらく、病に伏せていらっしゃる。それでだ。王には2人の王子がいる。ここにきて誰が次の王になるかで2つの派閥ができてしまってな」
「派閥争い、つまり跡目争いの真っ最中ってわけか」今度はスタンレーが頷く。
「あのなスタンレー。あくまで可能性の話だからな?今は情報が足りないから色んな話が出ても仕方ないだろう。大事なのは見落としなく全てを見渡しておくことだ。
今後は情報収集と検証でこの可能性の裏どりと絞り込みをやらなきゃならない。しかも早急にだ」
「分かってる。分かってるさ!でももうこれは一支部が手に負える話じゃない」




