33限目「決着」
「ギャー!!」絶叫するエンプーサ(分身体)。空に広がる紫の靄が晴れ、とうとうその姿を現す。下半身は蜘蛛、上半身が蝙蝠の羽をもつ女性の姿だった。
「ググ……腕が焼ける……!」羽を使って全身への被弾はしなかったが、腕を中心にかなりダメージを受けている様子だ。
「一発でも致命傷の毒だ。それだけ受けてしまっては、分身体は持たないだろう。それにだ。
『人を呪わば穴二つ』。
呪いの失敗は己に跳ね返る。分身体を通じてお前自身がその苦痛を味わうんだ!
今までは絶対の自信をもって呪いをかけてたんだろうが、油断したな。これから呪いにかかった他の2人も俺が解呪する。そうすれば残り2人分のダメージも加算される。果たして耐えきれるかな?」
実際これから2人の精神世界へ潜って解呪をするつもりだが、少し時間がかかるし、本体に逃げられたらこれ以上追跡は難しくなるだろう。しかしそう簡単には逃がさない。
「逃げたければ逃げればいい。だが、すぐに逃げないところを見るとお前にも事情があるんだろう。この2人を置いて逃げられない理由が。例えば、この2人に❝何かを知られた❞とかな」
「グググ……」ギリギリと歯噛みするエンプーサ。どうやら図星らしい。こうなるともはや俺をこのまま見過ごすことはできないはずだ。
「こうなってしまっては仕方ないわね。全力で貴様を屠ってやる!」
分身体の身体が裂けてまるで脱皮するように新しい身体が誕生した。より頑丈で、より大きく、より禍々しい身体になっていた。
「お望み通り本体で相手してあげるわよ。こうなったら貴様の肉も皮も剝ぎ取って血の一滴まですすり喰ろうてやる!」こわ!!なんて恐ろしいことを言うんだ!さらにエンプーサは怨嗟の咆哮を上げ襲い掛かってきた。
前足がまるで鋭い刀剣のようだ。触れれば確実に手足が消し飛ぶ。まぁ、普通の人間ならばということになるが。
「一応試してみるか。ビー達、浴びせろ《紅嵐針》!!」エンプーサに強力な毒針の嵐が降り注ぐ!だが。
「ハハハハ!効かぬ、効かぬわ!」硬鎧化したエンプーサにはさすがに効かないらしい。
「俺の精神世界でそこまで抵抗するとはなかなかやる」さすがは精神世界で破格の力を誇る夢魔である。ただでは倒されてくれない。とはいえ、もうそろそろ終わりにしないとな。
「いいだろう、これで終わりにしよう。《熱殺蜂球》!」蜂達が一斉に身体を震わせると、深紅の光に包まれた。エンプーサ目掛けて飛び掛かる蜂達。
エンプーサも黙ってはいない。鋼の強度を持った糸を編み上げ無数の槍を作りだす。蜂めがけ射出するが器用にかわしながら進んでいく。
続いて網状に糸を吐き出すも、高温の火の玉と化した蜂達の前では綿あめのように融解していく。
そして到達したものから順に身体に張り付いていく。すると次第にエンプーサがその熱の脅威に気付き暴れ出す。
「ええい!離れなさい!離れろ、小虫ども!」しかし、次々ととりつく蜂達と共に次第と燃え盛る業火に包まれていく。《炎帝》という呼び名に偽りなしであった。
「ば、馬鹿な~!こんなところで~!ぎゃあ~~!!」一際大きい叫び声を上げると炎と共に消滅する!
「終わったか。ありがとうビー達!戻っていいよ。また頼む!」一同が姿を消すと、俺の精神世界も平和が戻る。再び広がっていた靄も消え、朝陽が差し込むように明るさを取り戻すと、次の瞬間現実世界へと戻っていた。
「グレン殿!」心配そうに声をかける司祭がいた。
「解呪完了だ」その声に安堵した彼はすぐさまカーラ達の様子を見る。
「おお、傷が消えている!顔も穏やかになって……。他の2人もどうやら解呪されたようです」魔獣につけられたと思われる大きな傷が綺麗に消え去り、悪夢に脅かされていた先程までとは打って変わって静かな寝息を立てていた。
「良かった。司祭殿、念のためヒールをかけて2人をゆっくり寝かせてやってほしい」俺は椅子から立ち上がる。
「グレン殿は大丈夫なのですか?」どうやら全くこれっぽっちもダメージがないようだ。
「あぁ、全く問題ないよ。ということで、南北の門の加勢に行ってくる」
「はは、全くあなたという方は。お気をつけて!」
「2人のことをよろしく頼む」
そう言って教会の外へ出ると、周囲は安らぎを覚えるほど美しい緑色のカーテンに包まれていた。
「ちゃんと皆を守ってくれていたか」中央広場で懸命に周囲の様子をうかがっているシェステを見つける。
「シェステ!」声をかけるとホッとした様子を見せる。
「グレン!カーラさん達は?」
「全て終わったよ。今休んでもらってるから直に元気になるぞ。シェステの結界がきちんと効いてたからだな。助かったよ!アルスもよくやった」アルスも胸を張ってるようだ。
「よし!残っている魔獣を掃除してくる。シェステ、アルス。もうしばらく結界を頼んだぞ!」
「うん、気を付けてね!行ってらっしゃい」そう言って手を振り見送るシェステに手を振り返し、広場を見渡す。
広場には6体のゴーレム達が残っていた。万が一の場合のために残したのか、命令するのを忘れていたのか。まぁいい。
「ゴーレム達、全員南門へ行って部隊の加勢をしてくれ!」俺の命を受けストーンゴーレムは全員南門へと大きい音と共に駆けていく。
俺は《飛行》を唱え、少し飛翔すると周囲を確認する。どうやら中央区画には魔獣は来ていないらしい。南北のチームが上手く機能しているようだ。待ってろ、今加勢に行く!
高速飛翔で北門まで移動すると、スタンレーたちと合流する。
「待たせたな!スタンレー加勢するぞ」
「カーラ達は?」
「心配するな。いまは熟睡している。こいつらを鎮圧して早く様子を見に行くといい」
「恩に着る!残りの魔獣を一気に掃討するぞ!もうひと踏ん張りだ!」
「おう!」
「俺は門の外を掃除しよう!」
そのまま門外へ飛翔すると、体躯の大きい魔獣たちがひしめいていた。ビッググリズリーか。どうやら呪い付与も解けたようだ。ならば選択肢は一つ!食用肉行きだな。
以前レッドボアを絞めた要領で一気に止めを刺していく。門の内側で戦闘が終わった頃には、血抜きの作業が始まっていた。
「こっちの対処は終わった。門を開けていいぞ!」門番が二重ゲートを開けると、多数の熊達が横たわっていた。
「こいつらは今血抜き中だ。誰か内臓の処理をお願いする。食用肉に加工できるはずだ」
「ありがたい!こっちは俺達に任せてくれ。こき使って悪いがグレンは南門に行けるなら加勢を頼みたい!」済まなそうにスタンレーが言うのだが、こっちは全く気にしていない。喜んで加勢させてもらおう。
「任せておけ!肉の処理は頼んだぞ?シェステの笑顔がかかっている。重要な任務だ」同じ肉愛好者としては手を抜くわけにはいかない。スタンレーが笑顔でサムアップする。
それを確認すると、俺は急いで南門に向かう。すでに到着していたゴーレム達がチームの盾となり上手く魔獣を討ち取っていた。北門と同じく門外の魔獣を掃討し大量の食用肉を確保し、ゴーレムに運ばせる。これで今回の魔獣襲撃事件は一応の決着をみたのであった。