32限目「心を喰らう者」
「精神力に長けた魔法使いと言えど、我が主より授かった《悪夢》の呪法、そう容易くは破ることはできないはずだよ!」
「名乗りもしない奴に言われてもだな。それは使うもの次第だろう。いや、授けた❝主❞とやらが大したことないということかもしれないな」
「貴様、言ってはならぬことを!許さぬ!断じて許されぬ!私は❝心を喰らう者❞、名はエンプーサ!出でよ、可愛い女郎蜘蛛達よ!奴の全てを喰らい尽くせ!」周囲に次々とおぞましい姿をした蜘蛛たちが召喚されていく。
「おうおう、これは熱烈なラブコールだ。これは相応の礼を以てご挨拶しないとだな。《召喚》!」召喚の合図に応え大量の蜂が姿を現す。
「さぁ、お前達の餌だ。存分に味わうがいい!」
――同時刻、北門。
臨戦態勢を敷いていた皆は驚いていた。魔獣が門へと突入してくるのに、門がビクともしないのだ。
「これは……。すげぇや。あれだけの魔獣が力任せに突入しようとしてるってのに、何ともねぇや」
「あぁ、グレンが修理したっていうが、修理ってレベルじゃないぞ」スタンレー達は驚きを隠せないでいた。
「グレンには改めて礼を言わないとな!よし!門の耐久力が上がっている。門が破られることは常に想定しつつ、乗り越えてきた奴らを優先に叩け!今はいないようだが飛行魔獣にも気をつけろ!」
「おう!」
すると、身体の大きい魔獣の背中を使って身軽な小型魔獣が防壁を飛び越えてきた。
「言ってる側から乗り越えてきたか。門は完全に閉門しろ。全員散開!中央には心強い護り手がいる。中央のことは今は忘れてツーマンセル以上で確実に仕留めろ!」小回りの利く魔獣たちではあるが、上手く連携して討ち取っていく。
――同時刻、南門。
状況は北門と同じであった。強固な防壁に勇気付けられた皆はさらなる気合をもって事態に当たる。
「よし、この頑丈な防壁に感謝しよう。皆は散開して防壁を越えようとする魔獣に注視!死体を足場にされる可能性を考慮して、門外の魔獣には攻撃禁止とする」
「北門で防壁を乗り越えてきた魔獣と戦闘開始とのことです!」
「了解した。よし!こちらも完全閉門!門を背にして各班で飛び越えてきた奴等を背中から確実に討ち取れ!」こちらも飛び越えてきた魔獣が着地する瞬間を狙って、次から次へと駆除していく。
――同時刻、中央広場。
教会前に設置されたキャンプでは全町民が避難していたが、南北両門にて戦闘開始の報を受け、緊張が走る。
「ギルド受付のモネです!皆さん、落ち着いてください。Bランク開拓者のグレンさんが防壁の強化をしてくれたおかげで魔獣の対処がしやすい状況です。
現在は問題なく駆除できていますのでご心配なく!」
「それは❝今後❞は保証できないという話ではないのかね?」モネの話に割り込む声に広場がざわつく。
「ゴルドー様!皆の不安を掻き立てるような物言いをなさらないで下さい」モネの拳に力が入る。
「馬鹿者!ここは今や戦場なのだ。半端な物言い、半端な希望こそ皆を危険にさらすのだ。このわしも危険にさらされているのだぞ?分かっておるのか!私はこの国になくてはならない人物。だからこそ皆の者、死ぬ気で私を守るのだ!」ゴルドーが話す内容に呆れる町民達の中から一人、前に進み出る者がいた。シェステである。
「偉そーなおじさん。
今、門で頑張って戦ってくれてる人達だって、ここにいる人達だってみんな死にたくないし、死んでいい人は一人もいないと僕は思う。だからね『死ぬ気で守れ』って言っちゃダメだよ。『皆で生き残るぞ』って言わなきゃ。
僕達は全員生き残って明日も美味しい料理を食べるんだ!」
シェステの演説に一瞬の静寂が生まれる。
「え、偉そうなことを言いおって!貴様子供だからと」その時町民の中から拍手と歓声が起きる。
「その通りだ!よく言ったぞ!」
「あんたの方がずっと偉い!」
「俺達は生き残るぞ!」
顔を真っ赤にして怒り沸騰のゴルドーだが、執事のマイルズになだめられて後方のテントへ下がっていった。
「皆のことは僕達が守るよ!アルス、お願い!」指輪からアルスが現れ、上空を旋回しながら周囲の様子を確認すると、いつものように鳴き声を発する。
緑色のカーテンがドーム上に展開していく。教会とギルド、中央広場を覆う結界。物理・魔法攻撃を防ぐ鉄壁の防壁だ。これで中央区画の安全は絶対なものとなった。
――同時刻、教会(グレンの精神世界)。
「馬鹿な!この私が攻めきれないなんて」実際は俺の圧勝なのだが、なかなかに負けん気が強い。その一点だけは感心する。
敵の召喚した蜘蛛は見た目以上にすばしっこく、吐き出す糸も捕まってしまうと動きが封じられて厄介だ。それにあの牙、毒がありそうな……。いや、ただ単純に嚙まれたくない!
なので、俺は《炎帝蜂》を召喚した。焼けつく程の毒を持った深紅の蜂。蜘蛛の天敵である。糸攻撃を器用にかわし、必殺の毒針を打ち込む。
ここは呪いという影響を受けているが元は俺の精神世界だ。自我を持って動けるのだから俺が優位に立たない方がおかしい。仮に実際とは違う状況であっても❝そうなのだ❞とイメージするだけで支配力は完全に俺が上であった。
所詮《魔王》に立ち向かうには分が悪すぎたということである。だが注意しなければいけないのは、こいつがあくまで分身体であるということだ。そろそろ本体を引っ張り出さないといけない。ということで!
「そこだな!やれ、クリムゾンビー!《紅嵐針》!!」
蜂たちが靄で覆われた空の一点へと毒針の赤い嵐を浴びせる。