31限目「呪い」
「しかし、治療には危険が伴うのでは?」そうなのだ。どうやらこの呪いを仕掛けた者は相当に厄介だ。
「なので、俺がまず治療を行う。少し見ててくれ」
「いや、待たれよ!それではあなたが」慌てる神官に諭すように説明する。
「問題ない。俺は呪いへの耐性がある。まずはどんな呪いなのかを解析する必要がある。《治療》」
光の粒がカーラ達を覆う。すると弾かれるように光の粒子が消失する。同時に紫色の霧が発生し俺へと迫りやがて覆いつくす。
「グレン殿!」冷静に俺は左手を出し制する。
バチッと花火のような音を発すると紫色の霧は消え失せていく。
「大丈夫ですか?」
「うむ、レジストできた。なるほど、治療した者に対してさらなる呪いをかけ行動不能にしていくようだ。伝染するというのはそういうことだったんだな。
これではやがて治療する者がいなくなる。そうすれば攻略対象を容易に制圧できるって寸法だな」
「何と悪辣な!」
「それにもう一つ分かった。この呪いをかけたのはおそらく《夢魔》の類だな」
「《夢魔》ですと?夢を媒介にして人間を食い殺すという?」
「その通りだ。あの傷を通じて己の分身を人間に植え付けて食い殺すつもりだ。」
「対処法だが……。本来は夢魔本体を叩くのがセオリーだ。しかし本体の居場所はおそらく分からないだろう。夢魔もそれをよく分かってるはずだ」悪魔というのは本当にいやらしい攻撃を仕掛けてくる。しかし実に効果的、効率的でもある。そんな敵を叩くにはどうすべきか……。
「それでは、カーラさん達が」司祭が焦りの色を滲ませる。
「だから、否が応でも会ってもらおうじゃないか」俺は挑発的な笑みを浮かべながら、近くにいるシェステに伝令を頼んだ。
教会からシェステが走り出てくる。
「あっ!モネさん!」
「どうしたの?カーラさん達に何かあったの?」
「いや、そっちは今グレンが治療してる。必ず助けるって!ただ、分かったことがあるからスタンレーさん達にも伝えてくれって頼まれたんだ」今までの経緯を簡単にではあるが、シェステはモネに話した。
「分かった。夢魔の呪いを付与された魔獣がいるから、爪を持った魔獣に気を付けること。呪いをかけられても治療しないこと。防壁を超えようとしている魔獣だけを相手すること。その3つね!急いで伝令に伝えさせるわ!」モネは各所に伝令を走らせる。
シェステはその場に留まり、辺りを注意して見まわす。俺から中央広場の守護を任されたからである。飛行魔獣が襲撃しないとも限らない。万が一の場合はアルスに頼んで結界を貼るように依頼した。みんなを守るんだ、とやる気満々である。
俺が呪いをレジストしたことで本体も異変に気が付いているはずだ。何かのアクションを起こすはず。外のことは皆に任せよう。俺は目の前のことに集中する。
「今度はレジストせずに呪いを受ける。夢の世界で本体を引きずり出して直接叩く!司祭さんは邪魔が入らぬようにしてほしい」
「分かりました、ご武運を!」司祭は心配しながらも成功を信じて祈りを捧げる。
「では《解呪》を始める。《治療》!」夢と現、両方の世界で今攻防が始まる。
――北門。
闇の中に赤い光が増殖する。
「魔獣多数確認!」門番による報告を受け、北門に緊張が走る。
「良いか、先程の3つの伝達内容を忘れるな!極力接触を避け、遠距離攻撃により敵の排除に専念せよ!近接職は後方支援、万が一防壁を突破ないし超えられた場合は爪に気を付け遠距離職を死守、絶対に中央へは行かせるな!」
「おう!」スタンレーの号令に全員が気を引き締める。
――南門。
「ガルルルル……!」無数の唸り声が聞こえる。
「魔獣多数接近!ヘルハウンドとビッググリズリーです!」門番の声と共に全員が臨戦態勢を取る。
「爪にはくれぐれも気をつけろ!飛行魔獣にも警戒!各班気を引き締めろ。人間様の領域に入らせるな!奴らには早々にお帰り頂くぞ!」ハンターギルド隊長クレイの言葉に闘志を燃やす。
――教会。
南北の門で魔獣との戦闘が始まった頃、俺はヒールを唱えて紫の霧に包まれていた。霧が身体に吸い込まれていくと、そのまま深い眠りについた。
「フフフ、レジストされた時は何事かと思ったけど、他愛無いわね。2度目は耐えられなかったみたい」どこからか声が聞こえる。目を開けると糸で雁字搦めにされており、身動きが取れない。
「お前がこの悪夢の主か」靄がかかって見えぬ空に話しかけると、驚きの声を以て応じる。
「へぇ~。この世界で自我が保てるとは驚きだわ。薄弱な精神ならば早々に私の臓腑に収まれたものを」
「それは済まなかったな。だが、俺もまだまだ食べたいものもやりたいこともたくさんある。収まってやるわけにはいかんな」そう言うとブチブチという音と共に糸を力任せに引き千切っていく。
「な、なぜそんな!ここは私の世界だ。私が王なの。そのような自由な振る舞いは断じて許さない!!」どこからともなく糸が飛んでくるが、やはり引き千切られてしまう。
「おのれ!お前何者だ!」思い通りにならぬものが目の前にいる。声に怒りが籠っているようだ。
「俺か?俺はグレン。ただの魔法使いだ」




