3限目「《天秤》の名に懸けて」
「❝願い❞というと大げさになってしまうな。シェステが俺にしてほしいこと、もしくは具体的に❝欲しいモノ❞を言ってくれてもいい。大事なのはどちらにしても一番ってことだ。いいか?二番はダメだからな?」少し俺の気持ちが前に出過ぎてしまったな、いかんいかん。
しかしこの確認は今でなくてはならない。今しかできぬことなのだ。シェステ本人の無意識の願い。それを自覚してもらわねば俺の❝元の世界に戻る❞という願いは叶えられることはない。時間が経つと様々な情報が入り雑念が生まれ特定が困難になっていくからだ。だが果たして答えを導いてくれるかどうか。これ以上の会話は俺が答えを誘導することになってしまう。ここは我慢だ。
「う~ん……一番なんだよね……。難しいな……」黙り込んでしまった。想像はしていたが仕方ない。これで最後だ。ヒントを出せるのはあと一度。あと一度だけ……。それに賭けるしかない。
「難しいことを訊いているのはよくわかっている。でもこれは大事なことなんだ。シェステは確かに何かを願っている。願ったから俺が呼ばれたはずなんだ。自分のための望みなのかそうでないのか。静かな気持ちでもう一度よく考えてみてくれないか」やれることはやった。今はただじっとその時を待つのみ。
そしてその時はやってきた。両の目をしっかりとつぶり、腕を組んで考えてくれていたシェステはまるで何かを悟ったように目を見開いて私に無邪気な笑顔を向ける。
「おじさん!やっぱわかんないや!」シェステが笑い出した。俺は天井を見仰ぎ深い溜息を一つ吐く。ああ……俺の人生終わったな……。なんつって。
「あ、ごめん!嘘だよ嘘!ぼくが悪かったよ、落ち込まないでよ~」シェステが慌てて謝る。俺の真剣な頼みにそういう返しをするんだね。意外と意地悪じゃあないかシェステくん。ま、嫌いではないがな。と心の中で呟きながらニヤつき顔でシェステを見る俺。
「あ~!おじさんひどいよ~。ぼくをからかったんだね!もう教えてやんないぞ」と言いながら俺の腹をぽかぽかと叩いてくる。シェステはとても嬉しそうだ。
「ははは、それは困るな。シェステ、それだとお前の望みが叶わないことになっちゃうけどいいのか?」
「それは嫌だ!ごめんね、ちゃんと話すよ。ぼくね……から、……んだ」たどり着いてくれたか。ある程度当は付いてたが、なかなかどうして。こいつ大物になるかもな。それにとても優しくていい子だ。
「そうか、よくわかった。シェステの願いと覚悟、確かに聞き届けた。これで契約は成った。必ず叶えてやるぞ。《魔王》そして我が二つ名である《天秤》の名に懸けて」
「本当!?本当に叶えてくれるの!やったー!ありがとう」と言うとシェステは力いっぱい俺に抱きついてきた。目を瞑って顔がにこやかだ、足もばたつかせている。余程嬉しかったのだろう。
「ああ、必ずだ。今まで辛かったろう、よく一人で頑張ったな。安心して俺に任せるといい」頭を優しく撫でながら今までの労をねぎらった。
ひとしきりお互いの願いを確認した後、俺はもう一つ提案することにした。
「なぁシェステ。これから俺たちはお互い協力し合う仲間になる。これからお互いの願いを叶えるためにはお前に一人前の魔法使いになってもらう必要がある。あるんだが、あの絵…魔法陣を見る限り魔法に関する知識がないだろう。なので、これから旅に出る前に魔法の基礎を、旅に出たら実戦的な知識を覚えてもらいたいんだ。もちろん俺がしっかり教えるがどうだ?」
「エー」ちょっと嫌そうだが、それはどっちのエーなんだ?❝教えられるの?❞なのかはたまた❝普通に勉強が嫌い❞なのか。
「疑ってるなー。これでも一応大きい学校で先生してる学者でもあるんだぞ?普通ならお金かかるんだ。でも!今ならタダだぞ~?」
「じゃやる!!よろしくね、先生!」全く、こいつは。でも金銭感覚は大丈夫そうだ。
「よろしい、少しだけ部屋を片付ける。手伝ってくれるかい?」
「はい、先生!」
俺は《魔王》、つまり魔族の王として指導者をしているが俺の世界ではすでに大きな戦争がなく、他種族(人族・亜人族・竜族など)とも友好関係を結び交流も活発だ。なので争いごとのためというよりも好奇心を満たすために俺は魔術の研究をしている。大学でも教授をしており教壇にも立つ。一応名の通った魔法学の学者なのだ。
魔王になる前は、魔法理論と新しい魔法の研究と収集・調査を生業にしていた。
長いことシェステくらいの子供に教える機会がなかったので、少しだけ不安がないわけではないが、以前俺の娘にも教えていた経験がここで活かせるだろう。
さて片付けも終わった。近くでぐぅとお腹の鳴る音が聞こえる。
「そうだな。そろそろ食事の時間にするか。続きは食事の後にしよう」俺の言葉に何度も頷くシェステであった。
話を聞きながら、二人で厨房へと向かうと手入れが行き届き種類も充実した器具の揃った部屋に到着する。広さといい、部屋数といい、華美な作りではないが貴族かなんかと疑いたくなる豪勢な屋敷だ。シェステの親の素性にますます興味が湧いてしまうな。
「シェステは何か好きなものがあるか?それで料理を作る。あと、シェステも何か作れるなら俺にご馳走してくれないか」❝食❞というのはとても大事だ。美味ければうまいほど心身の健康は言うに及ばず、それに伴いあらゆる欲(ここで言うのは食欲・生存欲・睡眠欲のことだぞ?勘違いしないように)、感覚や感情を刺激して明日への希望と活力を与えてくれる。
だからこそ『食は人生の核心足り得る』という俺の数ある信条の一つとして大事にしている。まぁ、❝食❞の部分を変えると無限に信条が生まれてしまうのだが。
「うん、ぼくお肉好きだから、お肉の料理がいい!!ぼくはスープ作るの得意だから野菜のスープ作るよ!ママがね?『スープはパパとママよりシェステがずっと上手だね』っていつもほめてくれるんだ」親がほめるほどの味か。これは期待してしまうじゃないか!
「肉か!それはいい。加えて野菜のスープか、バランス的にいいチョイスだぞ!これは楽しみだな。よし、久々に本気で作るか!始めよう!」2人で顔を見合わせ笑顔で頷き合うと、手際よくかつ丁寧に料理を仕込んでいく。この厨房にも大きな上級マジックボックスがあり、食材は何でも揃っていた。おかげで久々に料理スキルを振るえそうだ。
「「よし!できた!」」テーブルに料理を盛りつけた器が並べられ、美味しそうな香りが鼻をくすぐり、見覚えのあるものに食欲は爆上がりだ。こ、これは……!
「これはミソ=スープではないか!おお!それにライス!この世界にもあるのか!夢なのか!これは夢なのか!」おおお~~~!!!これは想定外だ~~~!!!
「え~そんなに嬉しいの??作ってよかった。でも、おじさんのこれは何て料理?」おっと自分の世界に入ってすまん。食文化が一緒なのかと思ったが、さすがに地域差があるのだろうか。
「勝手に盛り上がってすまなかったな。これは肉を細かくして色々な材料と混ぜ合わせてしっかり捏ねる。捏ねた肉の塊を鉄板でこんがり焼いてソースをたっぷりかければこの料理、『魔王特製手捏ねハンバーグ』の完成だ」
「すごくおいしそう!早く食べたい!」
「俺もだぞ。よしそれじゃ」2人で手を合わせ、感謝の呪文を詠唱する。
「「いただきます!」」