29限目「巡検使」
「グレンさん!こっちです!」俺の姿を見つけたモネが手を振りながら声をかける。
「これって、北門のアレと関係してるのかい?」
「はぁ……、ご覧になられたんですね……。そうなんです」本当に困ってるようだ。
「見た感じだと貴族のようだが」
「普通の貴族ならまだいいんですが、あの方はかなり癖が強すぎて扱いが難しいんです。本当は追い返したいぐらいなんですけど、困ったことにあれでも《巡検使》なんですよ、あの人」
《巡検使》とは、国内の至る所を巡り調査・監督をする歴とした国直轄の役人である。そんな大事な職をああいうのに任せるってのは、戴けないな。
「どこにもああいうのが一人はいるよな。困ったもんだ」
「そうなんですよね~。なので、できるだけ関わらない方がいいと思います」目つきがマジですよ、モネさん。
「そういえば、スタンレーはどうしたんだい?」さっきから辺りを探すが見つからない。
「あいつ見ると頭痛くなるから視界に入れたくないって、自分の部屋に籠ってます」なるほど。あれは色んな意味で目に毒だ。
「んじゃ、誰が対応するんだ?」
「あ、北門に急いで走って行く人とすれ違いませんでした?あの方がデリス町長です」あー、あの人が町長だったのか。偉い人の対応はやはり偉い人ってことになるよな。
「門番の人と話してたが、あのままだと戦争が始まりそうだ」すでに小競り合いになっていたし。
「ふっ。戦争になったら門番さんの圧勝ですよ!」
「そりゃそうだ」そう言って二人して笑っていると、すでに疲れた顔をしているスタンレーが建物から出てきた。どうやら引き籠るのはやめたらしい。
「お帰りグレン。食料調達はうまくいったかい?」北門の状態が気になるからか、半笑いである。
「うまくいったぞ。今夜は楽しみにしておくといい」
「そうか!不幸中の幸いとはこのことだな。美味しいものを食えば気が紛れる!」これは腕に縒りをかけて作らないといけないようだ。
「グレン~!」向こうからシェステも戻ってきた。走り寄って抱き着いてきた。
「お帰りシェステ。俺もさっき戻ってきたところだ」
「ねぇ、どうだった?」期待のオーラが身体全体から出ていますねー。
「抜かりはないよ?シェステ君」サムアップすると、それはもう彼女は大喜びである。
「イェ~イ!!」ハイタッチをする。
「僕ね、昨日会ったおばあさんの所でレンガ使って暖炉作るお手伝いしてきたよ!おばあさんもすごく嬉しそうだった!」
「そっか。いいことしたな。これからどんどん寒くなるから暖炉はとても役立つはずだ」周囲の人達は一連のやり取りを見て少し心の棘が抜けたようだった。
しかし、その時も長く続かなかった。噂の巡検使様が中央広場に到着したのだ。
「全く、道がガタガタではないか!わしがいつ来るとも分からんのだ!いつ何時でも大通りの整地をしておかんでどうする。何のための商工業ギルドだ!尻が痛くて敵わん」見目麗しい馬車から出てきたのは煌びやかな服を着た恰幅の良い人物。あんなに怒っていては精神衛生上よくない。全くよくないんだがな……。
「皆の者、巡検使ゴルドー=ファウゼンである!魔獣の群れに襲われたそうだな?喜ぶがよい、あと数日すれば食料と各種資材が到着する手はずになっておる!心配しているだろうから、わざわざ私自ら伝えに来てやった。感謝せよ!」
こいつ、言うに事欠いて『感謝せよ』って言ったのか?このわがままボディのおっさん、見た目通り図々しいぞ!
「伝えるだけかよ、何か持って来いってんだ」
「そうだぜ、全くよ」誰かが小声で呟く。
「そこっ!何か言ったか!」こういう奴ほど地獄耳なんだよな。
「よし!巡検使様は物資到着まで町に逗留されるそうだ。失礼のないように皆よろしく頼む。さぁ、各自作業に戻ってくれ」ゴルドーの言葉を遮るように、町長のデリスが皆を解散させる。ナイスタイミング!
「では、いつもの宿は魔獣に破壊されて使用不可能なので、私の家を提供いたします。事情が事情ですので申し訳ございません」
「何だと?私は貴族だぞ!宿を早く修理せんか!」さっきは道を直せって言ってたけどな。
「先程、大通りの整地を命じられたのでそちらを最優先にしております。どうかご容赦下さいませ」丁重に断りを入れる町長。この人なかなかできる人だ。
「町長様の自宅と言えばこの町で一番のお宅でしょう。ここはゴルドー様の寛容なお心で目を瞑っては頂けませんでしょうか」やはりゴルドーの執事だったか。後ろからアドバイスをしている。この執事さんも常識人のようでホッとした。
「むむっ、マイルズがそこまで言うなら仕方ないな。本当に仕方なくだ、仕方なくだぞ?しばらく厄介になる」
町長と執事とで半ば強制連行のようにゴルドーが館へ誘導されたおかげでようやく中央広場は落ち着きを取り戻した。
「さっきのおじさん、すごく偉そーだったね」シェステがそう言うと思わず笑ってしまった。そう、❝偉そう❞なのが問題なのだ。役職であれ貴族であれ本来は尊敬を集める立派な人物であるべきだ。実際偉いはずなのだ。だが、肩書だけが先行して中身がついていっていない。だから偉❝そう❞で止まってしまう。貴族の役割とは何なのかに気が付ければいいのだがな。頑張れ、執事さん!
「さぁシェステ、夜の❝お祭り❞の準備をしようか!」スパッと気持ちを切り替えよう!
「うん!」
「スタンレー、備蓄されている食材を見せてくれないか?」笑顔で話しかけると、さっきのことを忘れるように喜んで倉庫への案内を買って出てくれた。
「おっ!あまり期待はしていなかったんだが、いい食材があるじゃないか。これは肉だけじゃなく色々できそうだ。ではこれとこれ、あとこれも使わせてもらうぞ?ちゃんと今後の分も残しておくから心配は無用だからな」
「おう、今日ぐらいは豪華に行こうじゃないか。使え使え!」肉を食えるってことでテンション上がってるな。
「では、下ごしらえをするから何人か手伝いに貸してもらえないか?」
「分かった、ハンターギルドから手の空いてるやつを見繕っておく」
「力仕事もあるからな。助かるよ」こうして町全員分の食事準備に全力を尽くすべく作業に取り掛かる俺達だった。




