19限目「声」
「では、明日メイゼルへ発つんじゃな?」
「ああ、報酬は十分もらったからな。申し出ありがとう。今日は厄介になる。シェステも晩御飯が楽しみだろう?」
「うん!ゼトさんの料理とっても美味しいから、本当楽しみだよ~」食べる前からほっぺを押さえて夢心地なシェステさんでありました。
「ほっほっほ。それは作り甲斐があるわい。ゆっくり楽しんでいっておくれ」
今晩の料理は、肉と野菜をたっぷり詰めて(もちろん肉多めである)卵焼きで包んだオムレツだ。ゼト特製のトマトソースをかけると抜群のおいしさである。
さっきからシェステさんは一口食べてはほっぺを押さえ、また一口食べてはほっぺを押さえるという無限ループ中である。美味しそうに食べるのを見ていると本当に幸せな気分になるものだ。次に目指す町メイゼルでも美味しい料理を見つけなきゃいけないな。
だが、心配なこともある。メイゼルで起こったという事件だ。先程メイゼルのギルド支部にゼトが連絡を取り、ラザックの安否が確認できて全員無事であることもそうだが、どうやらメイゼルでも危機は脱して今は平穏を取り戻しているということだった。
何がどうなったかということが不明なため、今は心配しようがないという所なのだが、何せ近い地域での二つの事件。関係ない訳がない。そこの辺りも情報収集が必要だろう。
「よし、そろそろ今日は寝るとしようか」
「うむ、今日は大活躍じゃったからな。ゆっくり休んでくれ」ゼトが寝床の準備をしてくれたので、俺とシェステはそれぞれのベッドで横になる。
「ねぇ、グレン。何か心配事あるの?」シェステが眠そうにしながらもぼそっと声をかけてくる。ん~あまり顔に出さないようにはしていたはずなんだけどな。
「なんだバレてたか。でもシェステが心配するほどのことじゃない。本格的に旅が始まった途端、悪魔なんかと出くわしたりしたんでな。今後のことで色々考えなきゃいけないことがちょっとだけ増えただけさ」
「しっかり心配してるじゃん。でもグレンがいるから大丈夫。きっと全部うまくいくよ……。それより次の所でも肉……」ははは、結局シェステは肉のことが気になるんだな。でもありがとう。最後までちゃんとお前を守り切ってやるさ。肉のことだってこの旅でたらふく食わせてやるからな。
シェステの寝顔を確認すると俺も眠りについた。
――翌朝。
朝食もご馳走になり、2人で身支度を終えると出立の時を迎えようとした時、それは起こった。
「それでは、2人とも道中気を付けて。あぁ、すまん。よければもう一度竜鱗鉱を見せてはくれんじゃろうか。あの輝きをきちんと目に焼き付けておきたくてな」そうだな、目にする機会はほぼゼロだろう代物だ。断る理由もない。
「見れば見るほど吸い込まれそうなくらい鮮やかな緑じゃの。ふふ、良い冥途の土産になったわい」そんな気あるのか疑わしい限りだがな。
「冗談も大概にしといた方がいいぞ?」二人で顔を見合わせ大笑いする。
「いや、時間をとったな。では名残惜しいがこれはお返ししよう」とゼトが私に竜鱗鉱を返そうとしたが足が悪いせいかバランスを崩して倒れそうになってしまった。もちろんすぐに身体を支えたのでゼトは転ばずに済んだのだが、竜鱗鉱を床に落としてしまった。
「おお、大事なものをすまん!」
「大丈夫だよ。僕が拾うから!」床の竜鱗鉱を拾おうとするゼトを気遣ってシェステがそれを手にした瞬間。竜鱗鉱は永き時を待っていたかのようにまばゆい光を纏い始めた。
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エルガデルが天を仰ぎ、嬉しそうに一言つぶやく。
「いよいよですか」
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「なんじゃ、どうしたんじゃ一体!」まったくその通りだ!何が起きたって、竜鱗鉱が光ってるんだが。いやいやとりあえず眩しすぎだ!
「グレン、まぶしいよ~!」持ってるシェステも混乱しているようだ。
「シェステ、一回それ(竜鱗鉱)を放せ!」シェステが床に竜鱗鉱を置くと輝きが収まった。
「ほんと眩しかったな。よしシェステ、今度は薄目でもう一度拾ってくれるか?」
「うん、分かった」かなりびっくりしたようだ。少し腰が引けてるな。
「ゼトも薄目でな」
「了解じゃ。目がつぶれてはかなわんからな」
再びシェステが手にするとやはり強く輝き始めた。これは一体……。
「(お主が当代の❝巫女❞か。そしてそばにいるのは❝護り手❞か?)」声が聞こえる。がなんだこの感じ。耳から聞こえているのではないな。
「(左様。お主らの魂に直接声をかけておる)」心を読まれているのか。いや、魂の会話か……。これは嘘がつけないな。
「(私は《緑翠竜》。そうか、お前は里の者では無いのだな。だが悪い気配を感じぬし、強き力も感じる。なるほど、そういうことであったか)」竜!そうか『竜魔大戦』の。
「(然り。今は眠りについておる故詳細は話せぬが、お主ら2人はそのまま旅を続け、主都サフィールまで来い。王城にて我は待っている。頼むぞ、予言の時が近付いている)」するとあれだけ輝いていた光が弱くなり、声も徐々に聴き取れなくなっていくと、そのまま竜鱗鉱は光共々元の状態に戻ってしまった。
一方的過ぎるだろ!くそっ、もっと訊きたいことがあったのに!
ゼトはあまりのことに口が開きっぱなしだし、シェステも何が何だかという感じで床に座り込んでいる。
ひとまずゼトを椅子に座らせ、俺達も少し休ませてもらうことにした。ひとまずお茶を一口飲むとようやく気持ちが現世に戻ってきたようである。
「なんじゃあ、あれは!『竜』とか言っとったぞ!信じられん、竜だぞ!」
「ねえねえグレン!『竜』って普通にしゃべるんだね!すご~い!」
うんうん。そうだね~。すごいね~。
「じゃなくてだな!コホン。いきなりのことで興奮するのはよくわかる。分かるが落ち着け2人とも。お前たちの様子を見る限り、さっきの《声》は全部聞こえたんだな」2人とも頷く。
「そうか。なら出立する前に情報の整理だけきちんとしておくぞ」




