16限目「暗躍する者達」
「村民は全員無事ということでいいんだな?」
「はい。鉱山で労働に駆り出されていた者達も、疲弊はしていますが皆肉体的に疲れているだけでした。2、3日休養すれば大丈夫かと思います」居住地区に続いて鉱山を回り、村民達の安否確認を行っていく。
同行して案内と確認をしてくれているのは、ラザックの村長リーナ。ゼトの孫娘である。なるほど、ゼトが己の全てを差し出すと言った意味がよく分かった。
リーナは結婚を控えていた矢先に一連の事件に巻き込まれてしまった。そんな中でも自分よりも村全体のことを案じ、悪魔と交渉をして助けが来るのを信じ気丈に村を守っていた。
花婿となる相手は村に一番近い町メイゼルでギルド職員をしているらしい。そのメイゼルでも事件が起きている。さぞかし心配だろうが、その様子は見せない。村長としての職責を必死に全うしようとしているのだ。
「しかし、本当に私がもらってもいいのか?」俺は右の掌を広げ、握っていた物に視線を向ける。何かの鱗の様でもあり、鉱物の様でもある。感覚的なものだが非常に硬くそれに深く美しい緑色をしていた。
「ええ、それはもう是非。あなたには村を救っていただきました。事態が好転する気配もなく、私も心が折れかけていましたので今の状況は奇跡としか言いようがありません。
命を拾えたこの喜びをこれ一つで表せるものではありませんが、どうか我々の感謝の気持ちと思ってお受け取り下さい」そういうと村長は目に涙を浮かべ深々と頭を下げた。
「分かった。それで皆が笑顔で前を向けるというのなら、ありがたく頂戴しよう。ただ価値がありそうではあるが、これが何なのか村長は知らないんだよな?」
「私も初めて見たものですから。真偽のほどは分かりませんが、光沢といい何と言いますか風格と言ってもいいかもしれません。もしかしたら村に伝わる《竜鱗鉱》ではないかと。世界でも確認できている数はごく僅かで、市場に流通することはありません。逸話もあるのですが何せ小さい頃に聞いただけで、あまり詳しくは覚えていませんので……。
この後祖父に会いに行かれるのでしょう?ならばそのことについてお尋ね頂ければよいかと思います」
「ゼトは何か知ってるのかい?」
「祖父は小さい頃、爺さん連中から昔話をよく聴いていたと言っていたので、少なくとも私よりは知っているかと思いますよ?」
「では早速行ってみるとするか。何か伝えておくことはあるかい?」リーナは頭を軽く横に振りながら、笑顔で答える。
「落ち着いたら顔を見せに行きますので一言、村も村民も大丈夫だとお伝えいただければ大丈夫ですよ。お心遣い感謝いたします。
本当なら皆と共に宴でもと思いましたが、何やらお急ぎのようですね。是非ともまた村にお立ち寄りください。その時は村を挙げて歓迎いたします」
「そんな大層なことをしなくてもいいんだが……。ならシェステが満足する美味しい肉料理を頼むよ」そばで静かに俺達の話を聞いていた彼女の頭を優しくなでる。
「ええ、シェステさんの舌を唸らせる極上の料理をお約束しましょう」うん?シェステが何か言いたげだな。
「シェステ、何か言いたいことがあるのか?」もじもじと恥ずかしそうしながら顔を俯き気味に少し小さな声で彼女が一言。
「今食べたい」
俺と村長は2人で顔を見合わせると大笑いしてしまった。
***********
――幻影城・玉座の間。
エルガデルが身の丈数倍もある大扉を手を触れずに開くと、何とも威厳のなさそうな男の声が静かに響き渡る。
「またコソコソお出かけかい?全くいい身分だよね、君は」
「おや起きてらっしゃったのですか。これは珍しい。いつもは起こそうとしても断固拒否なさるのに」
「君があまりにも楽しそうにしているもんだから、嫌々起きちゃったよ」男は大きい欠伸を繰り返しながら、気怠そうにエルガデルに話しかける。
「で、どうだった?何か面白いおもちゃが見つかったのかい?」
「『おもちゃ』なんて言ったら彼に失礼ですよ。とても上質の魔力。それに美しく極めて洗練された魔法。彼に興味を抱かない方がおかしい!と私は思いますよ」
「ふ~ん。いつになく興奮してるね。君を昂らせるとは、その彼はそこまでの存在なのかい?もしかして予言の?」
「さぁ、それはどうでしょうか。ですが、彼は未だに全てを見せておりません。早く実力の一端でも見せて頂きたいものです」
「君の好奇心に横槍を挟むわけではないが、本来の役目を忘れてはいけないよ?我らが盟主は今もなお長い夢の中にいらっしゃる。起きて頂くためにも早く……」
「もちろん、忘れてはおりませんよ。しかし、私がここまで気になるのです。かの御仁が予言に記された者と同一人物か、そうでなくても何らかの関わりがある、そう感じずにはおれぬのです。
閣下、ここは私めにどうかお任せを」エルガデルは恭しく頭を下げる。
「まぁ、君にそこまで頭を下げられては僕は何も言えないんだけどね。いいよ、好きにやるといい。結局のところ、僕は君のことを買っているんだ。君に任せておけば問題はないだろう。ただし、大事なことは僕を起こしてでもちゃんと教えてくれ給えよ」
「さすがは魔王軍を支える《惰天四公》の一柱、《惰眠》のレプト様。素晴らしい上司がいると働き甲斐があるというものです」
「何か少し馬鹿にしてない?ま、いいや。
でもね、そういう君だって先代四公唯一の生き残りじゃないか。僕らの大先輩なんだから本当は立場が逆なんだからね。
魔王の右腕《堕転四公》が一柱、《堕楽》のエルガデル様」
***********
村長達に見送られ、俺とシェステは一路ゼトの住む小屋へと向かった。ゼトには取り急ぎ依頼が片付いたというメモをアルスに運んでもらっているので、ひとまず安堵していることだろう。
そして小屋に到着した俺達は、扉の金具を叩きゼトに呼びかける。
「グレンとシェステだ。ゼトいるかい?」今回は時間を空けずに扉が開く。
「おお、2人ともよくぞ無事で。村は本当に?」
「ああ、村民も全員無事だ。悪魔達は指揮官との交渉で退却した。今後手を出さないと言っていたが、一応護衛を依頼した方がいい。悪魔を倒すという依頼は達成できていないが、村の安全については俺が請け負おう」
「すまんな、疑うような物言いで。しかし……」ゼトは俺の手を右手で握ると左手を重ね祈るような顔つきで声を絞り出し言った。
「本当に、本当にありがとう」