15限目「辺境伯」
ゴルゾームの高濃度の強酸毒ブレスを、俺は荒れ狂う風の奔流で霧消させる。
間髪入れずに2対の腕が動く気配を感じ、加護を発動させる。
「『風精加護』」機動力を上げる風の精霊の加護を己が身体に付与する。
「『毒爪乱舞!』」赤紫色に怪しく輝く鋭い爪が上下左右から無数に襲い掛かる。
「これじゃまるで格闘家のスパーリングだな」ラッシュを回避しつつ軽口を叩いてみる。
「ならば己の未熟さ故に命を落とすことになるな。同情するぞ!
『爆散毒』」周囲を取り囲むように赤黒い球体が次々と出現する。
「全く、毒使いの攻撃は何でこうもいやらしいものばかりなんだ?
『焼却焔柱』」機雷のように触れれば爆散する毒の爆弾を、お構いなしに焼却していく。
「そういう貴様も私の攻撃を涼しい顔でいなしていくではないか。全くもって忌々しい」目つきの鋭さが異常だ。流石に苛立っているようである。
「貴様何者だ。このゴルゾーム、❝子爵❞である私相手にこの動き、本当に人間か?
それにその余裕さえ感じるお前の振る舞い、何というか…癇に障ることこの上ない!」こいつ、無駄話をしながら魔力を練っているな。本当にいやらしい。悪魔は全く油断ならないと改めて思う。
とは言え、俺の足元にも及ばぬがな。
「何だ、俺に恐れをなして思いついた下らぬ言い訳がそれか?❝子爵❞?爵位持ちとは笑わせる。お前のようなやつが爵位を名乗るなど、世も末だな」はぁ、いかんいかん。こいつ相手だとこちらも毒を吐き放題になってしまう。
「ほう」饒舌だったゴルゾームの舌がぴたりと止まる。あ、しまった。調子に乗り過ぎた……そんな気がする。
「お前は我が誇りにかけて必ず殺す。この村ももう終わりだな!お前が私を怒らせたからだ。死の恐怖に侵されながら我が致死毒に溺れるがいい!
広範囲殲滅……魔……」そう言いながらゴルゾームは呪文を唱え終わる前に、力なくその身体を地面へと投げ出してしまう。
「それは困ります。あなたの仕事はそんなに軽いものではありませんよ?」上から❝声❞が聞こえ、強大な気配が場を埋めつくす。
「エ……」ゴルゾームが何かを言いかけるが、すぐさまその❝声❞の主が覇気を以て制止する。
「いけませんよゴルゾームさん。自己紹介というのは本人が行うべきものです」
声の主がゆっくりと空から降りてくる。白の内衣の上に薄緑を中心に金の装飾を施した装いに、ゴルゾームにはない高貴さを感じさせる。美少年という表現であってるだろうか。だが、こめかみから半円を描くように後ろへ延びる2本の黒き角と一見すると優し気な眼差しとその顔には、どこか異質で隠された狂気を微かに感じる。
「お初にお目にかかります。私はこの大陸で主より❝雑事❞を仰せつかっているエルガデルと申します。爵位は《辺境伯》。身に余る爵位ですのでどうかお気になさらずに」地に足を付けぬまま、恭しくお辞儀しつつ丁寧過ぎるほどの挨拶を宣う。根っこの部分では違う事を思ってるだろうと突っ込みたくなる。
「丁寧なご挨拶痛み入る。それで辺境伯殿、ゴルゾームとの勝負に割って入るその真意をどうかお聞かせいただきたい」エルガデルは予想外の紳士的な問いかけに少し驚きの表情を見せるが、すぐに落ち着き問いに応じる。
「そうですね。その件に関しましては謝罪をさせて頂きます。ただ、こちらも優先すべき業務がございましてね?この村が害されると非常に困るのです。なのでこちらといたしましては事を穏便に済ませたいと考えております」言葉は続く。
「残念ながら我々の業務は今しばらく時間が必要です。そちらの希望を伺っても?」
「依頼主からは『村人の救出』と『可能ならばこの地の悪魔の掃討』を頼まれている。そちらの❝業務❞の内容は教えて頂けないのか?」
「ご質問ごもっともでございます。詳細は主からの言いつけで申せませぬが、とある❝モノ❞を探しております。なるほど……」辺境伯を名乗るその男は少し考えた様子で目を瞑ると、すぐに目を開きこちらに提案をしてきた。
「いいでしょう。今回は我々が引かせて頂きます。少し村民の方々にご無理を言って働いていただいておりますので、疲弊されている様子ですが全員ご無事です。十分おやすみになれば問題ないかと。
それに今後この村には手を出さないと誓いましょう。これで手打ちということでいかがですか?」全面的に信用するわけにはいかないが、仕方ないか。
「当方はそれで構わない。ただし、卿の言葉に嘘偽りあった時は全力で事に当たらせて頂こう」どんなに美辞麗句をあげつらおうとも相手は❝悪魔❞である。悪魔が人間相手に誓いを立てるなどそもそも可笑しい話ではある。ただし相手は仮にも《辺境伯》。今は様子を見てもいいとは感じる。
「ええ、こちらは何の文句もございません。あなたほどの人物とお近づきになれたことは今回大きな収穫でした。いずれまたお会いするかと思います。何卒良しなに」不気味な笑顔を見せるエルガデルであった。
「それではゴルゾームさんもご苦労様でしたね。いったん城へ戻りますよ。あなたには《子爵》を授けた責任がありますので、これから主にご報告と長い小言を頂戴しなくてはいけません。やれやれです」両手を上げ困った様子を見せると動けなくなっていたゴルゾームの身体が宙へ浮かぶ。言葉が発せない様子だが、こちらをじっと睨みつけている。これは相当の恨みを買ったようだ。気を付けなければ。
「では御機嫌よう。今後のご活躍を陰ながら愉しみにしておりますよ」そういうとゴルゾーム共々黒い霧と化してその場から消え去ってしまった。
「シェステ、怪我はないな?」ないのは分かっているのだが、後方で今までのやり取りを見ていた彼女に声をかける。
「はい!先生怪我はしてません!」真面目に答えなくてもいいんだがな。まあいい。
「よし、浄化結界を解く。アルスも防御結界を解いていいぞ」
「さっきの悪魔は?」反射的に氷漬けにした悪魔のことか。
「さっきのエルガデルってのが悪魔を全員連れて行ってしまったようだ。もう村は大丈夫だよ」
「じゃ、皆助かったってことだよね?よかった!」
「悪魔の言葉通りってのが釈然としないが、ひとまずそういうことだ。だが万が一のことを考えて村と鉱山の確認に行くぞ?」
「うん!」そういって、2人は村民の安否確認へと歩を進めるのであった。




