11限目「爺さんの願い」
ツェンは少しだけ話すのを躊躇したようだが、後悔の色を顔に滲ませながらも話を再開した。
「あっしらの旅の目的は❝社会勉強❞と言えば聞こえはいいんですが、若が絶賛❝反抗期❞でしてね。頭が『いっぺん(世間の荒波に)揉まれてこい』って半分追い出されたようなもんなんです」と困り顔で頭を搔きながら、ツェンは厳しい目つきで自分の顔を眺めるジャンを尻目に話を続ける。
「薄っすらとお気づきかもしれませんが、頭は以前裏社会の仕事をしておりやした。今は足を洗ってサフィールで孤児院をやってるんですが、ここ最近戦災孤児が増えて来やしてね。運営……資金繰りが正直厳しくなってるんで、旅に出た時に3人で金を稼いで少しでも足しになればと。
勿論!悪いことは無しで、はい」なるほど。そういう事情か。やはり悪い奴らじゃなかったんだな。
「『サフィール』か。なら孤児院は主都、アンバール公国の主都サフィールにあるってことで間違いないな?」シェステにも分かるように確認する。
「はい、主都の少し外れにある街に孤児院がありやす」ひとまず地理情報が一つ手に入ったな。ここは世界に3つある大陸の一つ《アルべリオン大陸》唯一の国家、アンバール公国の南方地域のどこかということになる。
「俺が今持っている地図は古いし、しかも世界地図で使い物にならないんだ。もしよければそちらの地図を少し見せてもらえないか?」流石に譲ってもらうのは難しいだろう。旅において、地図はとても重要なものだからな。
「ああ、申し訳ありやせん。あっしがここら辺の地理に詳しいんで地図自体持ってないんで、今どこか目的地がおありで?」
「こいつの親の情報が欲しい。ひとまず主都を目指しながら町々を巡るつもりだ」
「そうですか」ツェンは少しだけ顎を触りながら考えたと思うと、真剣な表情で提案をしてきた。
「見たところ旦那かなりお強そうだ。本当は頼めた義理ではありやせんが、さっき話した爺さんの依頼を受けてみちゃ頂けやせんか?
申し訳ない。肝心の話が途中になってやしたが、ゼトって名前のその爺さんは立ち寄ったあっしらの話を聞いて、簡単な依頼だからと前金を弾んでくれたんです。
その前金はその場で孤児院へ送り、依頼達成のためにラザックという街道外れの村へ向かいやした。
依頼内容というのは、その『ラザックの様子を見てきて欲しい』というもんで、村人達の安否が確認出来たら帰って報告してくれればいいって、本当に簡単な依頼だったんですが……」
「何か問題が?」聞く限り全くもって簡単な仕事だ。だが、続く話が異様な展開を見せる。
「はい。結果から言うと、依頼は達成できやせんでした。途中の道で村への移動を断念しなくちゃならなかったんで。
村へあともう少しってところで、奴ら《悪魔》がうろついてやがったのが遠目に見えたんですよ」なるほど、それは厄介だ。
やつら悪魔は正式な種族名を《悪魔族》という。我ら《魔族》とは種類が異なるが、人族には見た目のせいで混同するものが多く、友好を結ぶまでは苦労が多かった。
魔族とは単に魔力の扱いに長けた種族なだけで、悪事を働くのに特化してはいない。生活のために魔法を使い人生を穏やかに過ごす者がほとんどだ。
逆に悪魔族は、高い魔法能力を持ちながらもその力に憑りつかれた者達のことを言う。本能のままに生きることを美徳とし、悪事という概念がそもそもないため本当に質が悪い。出会うこと自体が災厄となりうる。その悪魔族がなぜこんな辺鄙な村にいる?
とにかく、総じて戦闘能力が高い悪魔との遭遇は回避するに限る。ツェンの判断は正しい。
「あっしらは村への接近を断念してすぐに爺さんにそのことを話しやした。とてもがっかりしていた様子で、見ていて申し訳ないやら悔しいやら……。
依頼失敗ってことで前金を返すって言ったんですが、事情が分かったんでって拒否されましてね。その場を離れたんですが、3人で話して前金分を用意してもう一度力になれないか話に行こうって決めたんで」なるほど。いい奴ら確定だな。
「それであの口上だったのか。お前達の事情はよくわかった。でもあれじゃ逆効果じゃないか」言い方が野盗というかチンピラだぞ。
「『絶対に返すんで何とかお金を貸してほしい』って感じで話す予定だったんですが……。若も初めての事で動揺されたんでしょう」動揺しすぎだがな。
「お前達、確かに社会勉強が必要なんだが、もっと基本的なことから始めた方がいいと思うぞ?心意気はいいんだが、いきなり旅に出るのはハードルが高過ぎる。孤児院に戻って、人のために何ができるかってことから考えて行動してみろ。
見聞を広げるのは、ものの見方聞き方が少しは育ってからだな。その方が何倍も有意義だと俺は思う」俺がそれっぽいことを言ったので、3人は目をぱちくりさせながら言葉を噛みしめているようだった。
「そう……。そうですよ!あっしらでもやれることで頭を手助けしましょうや!若、いったん戻りましょう」ジャンの背中に優しく手を置き、ジャンも悔しさを拳に込めながらもそれに応える。
「分かったよ!俺なんかじゃ人の役に立つなんてまだまだ先だ。半人前にもなってねぇ。そのうち見返してやっから、待ってろ親父!」何と微笑ましいんだろう。にやつきたい気持ちを俺は必死に堪えた。
「で、旦那。いかがです?爺さんの依頼、いや願いって言った方がいいかもしれない。どうか聴いてやっちゃくれませんか?」ツェンの少し試すような顔つきを見ながら、シェステの表情も確認する。いや、見なくてもシェステならそうして欲しいだろうことはよくわかる。
「その依頼、受けようじゃないか」俺の言葉に3人もシェステも嬉しそうにしていた。




