109限目「クシナ、符術師を目指す」
《符術》とは古来東方で使用されていた呪術の類である。
呪符という呪文を書いた紙札を使い、攻撃だけではなく護身用の結界や補助効果の付与、そして悪しき物を封じる封印術というように、非常に幅の広い術の行使が可能である。
しかも、予め呪符を用意していれば大規模な術ではない限り、魔力消費はさほどかからない。
というわけで、姫ならば今から学ぶにはちょうどよいと思ったわけである。
俺は《符術》の説明をして、姫に同意を得た。
「ならば、姫。今からあなたは❝符術師❞です。よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ!グレン先生」生徒がまた一人増えてしまったな。
翌朝、朝食後ホクト島を目指して出発する。午前中から昼過ぎまでは移動、そしておやつタイムを経て各自修練というプログラムである。
早速今日の修練が始まった。
闇属性魔法に属する幻惑魔法を看破し術を突破解除するためには、強固な精神力を要求される。そのため全員に精神力強化の修練を指示した。
幻惑魔法で注意したいところは、己の弱い部分はもちろんのこと、強い部分にも揺さぶりをかけられるところにある。
弱い部分に付け込まれぬように、予め自分の弱点になる部分にきちんと向き合い、自分という存在を強く胸の内にとどめることが大事だ。
強い部分はプライド、つまり自尊心につながる。精神的支柱になるものであり、ここが揺らぐと一気に精神が崩壊しかねない。強すぎるプライドは何かと副作用が出るものである。その点をしっかりと心に刻んでおく必要がある。
まずはシェステには光属性魔法の修練を指示する。《破幻》を覚えてもらわなければならないが、闇属性魔法への耐性を得るためには、光属性の習得並びに闇魔法への理解が必須である。
座学は終わっていたのだが、まだ行使できるまでには至っていなかった。
基本四属性(炎・水・風・地)とは違い、光属性と闇属性は概念魔法的な要素が大きいため、上級属性と呼ばれる。
そのため、イメージ修練が欠かせない。❝闇を晴らす光❞というイメージを確立させておくのが第1段階である。
シェステは目を瞑って、手を動かしながらイメージを色々と巡らせているようだ。
その後、光属性魔法の基本中の基本《光球》を作成し、自由に操作する修練に入る。
「❝光る球❞は闇を照らす光そのものであり、光属性魔法の根幹になるイメージの具現化でもある。大きさや強度を自由自在に操れるまでになりなさい。そうすれば、闇を照らす光は皆の❝希望の光❞になる」
「❝希望の光❞……。それいいね!イメージしやすいよ。頑張る!」シェステは掌の上に浮かぶ《光球》を見つめる。愛おしいものでも見るように微笑みながら、空中を移動させるのであった。
剣士チームは、精神耐性が高いアスラが《心眼》スキル習得に向け、こちらも瞑想をメインに、己を磨くという点で打ち込み稽古をしている。
《心眼》スキルは、戦闘職に関しては必須スキルとも言ってよい。《気配察知》《深部洞察》《看破》この3つのスキルを統合したようなスキルで、ハードルは高いが修練を積めば習得は可能だ。
アスラという鬼教官がいれば、カーラもハヤトも習得は可能かもしれないな。
瞑想では徹底的に己と向き合い、精神的にも高みを目指していく。
「よいか。敵は容赦なく攻撃を仕掛けてくるだろう。心が揺らぐのは当然だ。
だが己の現在地を踏まえた上で、冷静に状況を把握して冷静に判断を下す。それを徹底するのだ。相手に負けるのではない。己に負けぬよう最善を尽くすことを肝に銘じよ」
「「はい」」カーラとハヤトが静かにアスラの指示に応える。
そして打ち込み稽古。
「剣に頼ってはならぬ。剣に溺れてはならぬ。鍛えるのは❝心の刃❞と心得よ!」
剣とは己の分身、己の強さも弱さも映し出す鏡なのだというアスラの教えは、若い剣士たちの心を鼓舞する。激しい打ち込みに汗を流す3名であった。
最後にクシナ姫。彼女にはまずは《符術》に関する知識の習得からにはなるが、聡明なお嬢さんだ。そこは問題なく吸収してくれた。
今回はあまり時間がないので、攻撃術は端折って護身術・封印術を中心に実技指導する。我々にとって、いやオルヴァートにとってクシナは自由への、解放の旗頭なのだ。クシナが唯一の❝希望❞であり、当然その希望を挫くために敵は優先的に狙ってくるだろう。
「姫、符術の真骨頂は❝強い意志❞です。他の者以上に姫にはその❝意志❞を鍛える必要があります。
そのための大前提として決して❝己❞を捨てぬこと。国のため、民のために生きるならば、上に立つものは簡単に自分を犠牲にしてはなりませぬ。国をそして民を想う者がいてこそ、初めて国も民も幸せに暮らしていけるのです。
そのことを努努お忘れにならぬように」
「そう……ですね。その通りですね。肝に銘じます」
「相手もあなたを優先して狙ってくるでしょう。では護身術をお教えします。自分のことは自分で守るのです。さぁ行きますよ!」
「はい!先生」符術は魔法とは別系統の術だからこそ、色々と役に立つ。
符術師としての道を歩み始めたクシナは己の進む道を真っ直ぐに見据え、修練に勤しむのであった。
そうした日々が進み、例によって道中いくつかの都市を解放した我々は、ホクト島に到着した。
ラミナ島、セイカ島と違いごつごつとした岩場が多く、所々高圧の水蒸気が噴き出している。常に蒸気に覆われている状況で、非常に視界が悪い。
「いいか、くれぐれも❝己❞を見失わぬように。自分を救うのは自分自身であることを絶対に忘れるな!」全員で最後の確認をすると、島の中央に位置する《九尾》が住むという夢幻堂へと慎重に進む一行だった。




