104限目「アスラの考え事」
――遡ること数日前。
カーラはアスラとの稽古の真っ最中だった。グレンから施された回復魔法により、本来のスタイル二刀流でカーラに稽古をつけるアスラ。
この数日でカーラを一気に《侍大将》へとジョブアップへと導いた。この短期間での修行でここまでの伸びを見せるとは驚きだ。
グレンという魔法使い。魔法使いと名乗ってはいるが、底が知れない。
飄々としているようで一分の隙も見せない。立ち居振る舞い、そして魔力を一切遮断していることから、相当の実力者だと感じる。《高位魔導士》、いや《大魔導士》……。まさか……その上もあり得るのだろうか。
だが、彼の凄さはきっとそこではない。聞くところによると、カーラの剣術の基礎は育ての親というべきギルド支部長だ。だが、一連の旅で施された修練を聞けば聞くほど、彼女の隠された才能の開花を急速に促したのは、グレンの教えだと分かる。
魔法使いの中には飛びぬけて幅広い知識を持つ者がいる。《賢者》と言うジョブなのだが、立ち合いの際それと違うことは分かった。
自分の剣筋を読み、紙一重で交わした。紙一重というのは余裕がないと言う意味ではなく、無駄な動きを極限まで抑えた結果の❝神業❞である。
そう、あれは自分と同じく❝剣を極めた者❞の動きだった。
魔法と剣両方を極めた者、そんな者が実在するのだろうか。いや、グレンはその可能性が高い気がする。どれだけの修練を積めばそこへと至るのか。あの一撃を避けた際、自分が感じた鳥肌ものの感覚が蘇る。全くもって怪しい、いや、もはや通り越して面白い男だ。
そんな男に教えを請うたカーラ。今後どこまでその才能を伸ばすか、それについても俄然興味が湧くというものである。それをどうしても垣間見るべく今回の稽古を買って出たというのがその理由であった。
「いけませんよ、アスラ。修練の途中でそのようににやけるなど、不謹慎です!」気の籠った一撃がアスラ目掛けて飛んでくる。
「いや済まぬな。グレンという男のことを考えておった。全くもってお前さんの師匠はとんでもないとな」考え事をしていても、身体が自然と動き流水のように軽々とカーラの一撃を往なしてみせる。
「ならば仕方ありませんね!私も全てを知っているわけではありませんが、とにかくすごい人です!」カーラも負けてはいない。アスラの激しい剣筋を見切ることに精一杯だけだった数日前と違い、今では息を切らさずに時には一撃を放つまでに成長していた。
「ならば、その❝すごい人❞にすごいと言わせてみるんじゃな!」笑みを浮かべ嬉々として剣戟を交わす二人であった。
――そして現在。
俺達一行はアスラがいるお堂へと進んでいく。すると次第に激しく打ち合う木刀の音が聞こえてくる。
「おう、お前達か。昨日町が騒がしいと思ったら……!!!」クシナの姿がアスラの目に留まる。感激が全身にあふれ出し、姫の前に急ぎ進み出る。
「姫!紛うことなきクシナ様じゃ!よくぞお元気で……」アスラの目が涙で滲む。
「アスラ、心配をかけました。もう大丈夫ですよ。紺碧竜との契約もできました」
「おう、契約を!ついに決断なされたのですね」
「私の命はオルヴァートと、この国に住まう民のために捧げると誓いました。復調したばかりで申し訳ありませんが、アスラ。私を助けてくれないでしょうか」
「えぇ、えぇ。何でもやりますとも!こき使ってやって下され」こうして、どうやらアスラも旅の同行者となったようだ。急に大所帯になったな。
そして、感激しきりな人物がもう一人。カーラであった。
「グ~レ~ン~、会いだかっだですぅ~!」突然泣き出してしまった。いやいや、そんなに泣くほどのことですか??
俺とシェステが代わる代わるよしよしすることで事なきを得た。とっても大変でした。
「さて、ここに立ち寄ったのはカーラの腕前を確認することなんだが。どれくらい成長したか見せてくれるか?」
「ならば、儂との地稽古を見てもらおう。それが一番じゃろう?」
「うむ、よろしく頼む」カーラとアスラが木刀を持ち構えを取る。❝地稽古❞とは実戦形式で自由に技を出すことのできる稽古のことだ。《大剣豪》であるアスラ相手にどこまで立ち回ることができるのか。カーラの成長、しっかりと見定めさせてもらおう!
アスラの左手は前方を、右手は右上に構えを取る。そうか、アスラは元は❝二刀流❞だったんだな。左手で間合いと牽制を、右手で確実性の高い一撃を放つ攻守に優れた構えである。
カーラは右後方に切っ先を向け、前傾姿勢をとる。機動力と突破力で相手を攻略する心積もりが見て取れる。極めて攻撃性の高い構えである。
手数の二刀流に対して、重い一撃で崩すつもりか。そう簡単に行くとは思わないが。
「では、はじめ!」俺の掛け声と共に仕掛けるのはカーラ。姿勢は変えず、物凄い勢いでアスラとの距離を詰める。シェステとの模擬戦を思い出す。
そしてアスラに肉薄したところで、一気に下から木刀を振り抜く。アスラの左手ごと打ち払うつもりだろう。だが、アスラは左手の木刀を僅かに内側へと向けるとカーラの一撃の軌道を上へと逸らしていく。と同時に右手の切っ先が下のカーラへと振り下ろされる。
カーラは軌道を逸らされた刀の勢いを殺さず、そのまま背中に木刀を乗せるような形でアスラの攻撃を受ける。
そこからは激しい打ち合いとなった。手数の多さが特徴の二刀流にカーラは対応できている。なるほど、これを見るだけで彼女の十分な成長を感じることができた。
「そこまで!」俺が稽古の終了の合図を出したところで、2人がお互いの顔を見て軽く頷く。
「「はぁ~~~!!!」」お互いが凄まじい気迫を放出した次の瞬間、お互いの切っ先が目に留まらぬ速さで前方へ押し出される。
「「ブン!」」空気が震える音。空気の奔流がお互いの前方で交差し、空へと駆け上っていく。




