101限目「クシナ姫の決断」
実に可愛らしい小さな娘からの問い。あれくらいの年の頃は自分が国王を継承することなど夢にも思わなかったことだろう。だが、今自分はその覚悟を問われているのだ。娘に自分のこの苦悩、気持ち、何がわかるというのだろう……。
いや、分かっていないのは自分の方だ。覚悟がないのは自分だ。それは分かっている。分かっているのだ。シェステの無垢な質問が自分の心にさざ波を立てる。
「いない……でしょうね」自分の気持ちと反して現実を口にしてしまう。非常に辛い心持ちだろう。
「私がオルヴァートに来て、この国を案じつつも未来の話をする際、必ず出てくるのは姫の名でした。
クシナ様、あなたは国民の心の中にすでに受け入れられている。あなたは望まれているんです。❝姫❞としてではなく、この国の❝先導者❞としてです。王女というシステムではなく、一人の人間として。これは辛いことかもしれませんが、喜ばしいことかもしれません。勿論為政者としては、ですが」
「あなたはとてもお優しいのですね。私の気持ちも見透かした上でその言葉を決して言わない。『あなたが国王になるべきです』と」
「ははは、ばれてしまいましたか。しかしその必要はないと思ったまでのことです。あなたが毎日国民のために祈るのは何のためです?その行為こそあなたのあるべき道を指し示している。私はそう思っています。
姫、あなたの心は実はそうありたいと願っているのではないですか?」私の言葉に姫から笑みがこぼれる。
「あなたのような意地悪な方を私は知りません。でも不思議ですね。私が抱える矛盾を優しく解きほぐして下さるなんて……」クシナの顔は生気をみるみる取り戻していく。
「分かりました。この国の民のため、私は全霊をもってこの国をあるべき姿に戻すことを誓います!」姫はついに前へ進む決意を口にした。
上手いこといったな~、なんてことは言ってはいけないんだが、自ら一国の主になるなんてことはそうそう決意させることはできない。
クシナ姫の国を想う優しさがあってのことだろう。国民一人一人の幸せを願う気持ちがあること。それこそが王の素質と言えるのではないだろうか。
とにかく、姫の意志は固まった。ならば次に進まねば!
「ではクシナ様、早速ではありますが紺碧竜との契約を」
「どのようにすればよいのでしょうか」
「姫の持つ《竜鱗鉱》をシェステに持たせてください。それで紺碧竜との会話が可能になります。後は紺碧竜の言葉に従って頂ければと思います」俺の言葉に同意すると、姫は階段を降りシェステの元へと歩み寄る。膝を曲げ優しくシェステの手を取る。
「どうかよろしくお願いしますね」微笑みながら自分の持つ《竜鱗鉱》を渡す。
「これ、すごく光るから目を瞑っててね、お姉ちゃん」注意事項を口にし全員が目を閉じると、シェステがそっと《竜鱗鉱》に触れる。目を瞑っていても瞼越しに明るさを感じる。例によって辺りが閃光に包まれたようだ。
「ようやくこの時がきたか!」紺碧竜の声だろうか。思ったよりも声が高い。若い印象を感じる。
「紺碧竜だな?緑翠竜から話は聞いているだろうが、俺はグレン。今は《竜の巫女》の護り手をしている」
「君か。緊急事態の最中で話はしたが要領を得なくてな。その節は済まなかった。ようやく話ができて僕も嬉しいよ。だが、その前に」
「あぁ、ここにクシナ姫がいる。契約の儀を済ませるといい」
「感謝する。
クシナよ。僕のことはザナンから聞いているね?」
「はい、要点だけではありましたが」
「本来ならザナンを介して正式に継承すべきところだったんだが、アルバレイのせいで継承できぬどころかザナンとの契約を強制解除する羽目になった。
さぞ心配をかけたことだろう。許してくれ」
「いえ、契約に関しては私も決意までに時間を要してしまったので……。その……」
おあいこということで」
「ははは、おあいこか!ならばこの話は終わりにしよう。
覚悟はできてるんだったな。よし、今から魂の回廊をつなぐ。巫女よ、しばし《竜鱗鉱》をクシナに渡してほしい」
「分かった。渡した後は?」
「目を開けたままで構わない。クシナに変化が現れれば契約完了だ」
「じゃ、いったん石畳の上に置くよ。その後お姉ちゃんが手に取ってね?」シェステが竜鱗鉱を置くと目を開ける許可が出る。眩しい光はすでになかった。
クシナは仄かに青く光る竜鱗鉱を手にすると、両手で盃を持つように頭の上へと捧げる。
「我、紺碧竜に誓う。当代にて契約を結び、古よりの盟約を果たさん!」クシナの宣言と同時に、身体が竜の姿をした青きオーラに包まれる。
そして、一瞬にしてクシナと同化するのであった。
竜鱗鉱が発していた仄かな光は徐々にその光が弱くなりやがて消える。どうやら契約は成ったようだ。
「終わりました。これで私は自由に紺碧竜と会話が可能です。
早速ながら、紺碧竜から《竜宮》へ来てもらいたいとのことです。今からになりますが大丈夫ですか?」
「せっかくの招待です。謹んで受けることにいたしましょう」今までのこともこれからのことも話を是非聞いておきたい。ちょうどいいタイミングかもしれないな。
「それでは門を開きます」クシナが両手を組み、祈るように詠唱を始める。
「クシナが紺碧竜に願い奉る。選ばれし2名に竜宮へ至る門を示し給え」空間が揺らぎ壮麗な門が出現する。
「では行って参ります」門が開く。俺とシェステは《竜宮》へと入っていった。




