第15話 とある勇者の
凱旋パレードだの首脳会談だのスピーチだの見舞いだのお披露目会だの交流会だの壮行パレードだの。
魔王城の一件からこっち、目が回るような忙しさだった。
けれど、勇者としての役割を全て終えて。
俺は今日、元の世界に帰還する。
◆ ◆ ◆
本来であれば魔王の心臓を捧げることで帰還の扉を開くところなんだけど、他ならぬ魔王の協力があれば普通に同じことが出来るらしい。
もっともこの方法だと年に一度の星の巡りに合わせないといけないとかで、そこまでの時間に勇者としての残りの予定を詰め込まれたわけだけど。
ともあれ。
俺は今、床に大きな魔法陣が描かれた儀式の間に来ていた。
部屋の中にいるのは、限られたメンバーだけだ。
「ゲッカ殿、大義であった」
この場を取り纏める、ブレイズ様。
「ゲッカ、元の世界に戻っても剣は振っておけよ」
その護衛である、騎士団長ジェイスさん。
「フン……アタイのことも、たまには思い出してよね」
顔を背けたまま小声で告げる、ルカさん。
【ご主人はん……ウチ……ウチ……ご主人はんのこと、絶対忘れへんからね!】
俺の手を離れ、今はジェイスさんの手の中にあるペイルムーン。
「この世界のことは、私たちにお任せくだされ」
魔王側の護衛、コモドさん。
「勇者ぁ……我、泣かぬからな……我、強い子だからな……」
目に溜まった涙を必死にこぼさないようにしている(という幻覚を纏っているのだろう)、術者の片割れたる魔王。
「ゲッカ様……お達者で」
そして凛とした雰囲気で微笑む、同じく術者の片割れたる姫様。
場の空気は、端的に言って重く湿っぽい。
みんな、多かれ少なかれ俺との別れを惜しんでくれている様子だ。
「あの……」
この空気の中、非常に口を開きづらいんだけど……。
でも、いつまでも黙っているわけにもいかない。
「俺、みんなに言わないといけないことがあって」
そんな風に、俺はやや曖昧な調子で口火を切った。
すわ勇者の最後の言葉を聞き逃すまいと、みんなの目に一層力が篭もる。
「その……言いづらいんですけど……」
ホントにマジですっげぇ、言いづらいんだけど……。
「俺……」
えぇい、言え!
言うんだ、俺!
「この世界に、もうちょっと残っちゃダメですかね?」
愛想笑いを浮かべながらそう言うと、場を沈黙が支配した。
重い。
沈黙が、物凄く重い。
「あー、その……」
『……はい?』
補足の説明をしようと口を開くと同時、みんなが一斉に首を捻った。
一様に、「何言ってんだコイツ?」という表情である。
再び、沈黙が訪れた。
【そんなん……】
そんな中、ペイルムーンの震える声が響き。
「えぇに決まってますやぁぁぁぁぁぁん!」
かと思えば、急に誰かが抱きついてきた。
……って、ホントに誰だよこの人!?
どこから現れたの!? なんで全裸なの!?
「勇者ぁ! うわぁぁぁぁぁぁん!」
次いで、魔王が泣きながら(という幻覚を纏って)タックルを仕掛けてくる。
な、なんだ!?
ここまでは油断させるための演技だったとでも言うのか!?
「……ゲッカ」
更にルカさんが、チョンと俺の服の裾を握って顔を俯けた。
あの……そもそも貴女、どうしてこの場にいるんでしたっけ……?
「ゲッカ様、その……よろしいんですの?」
最後に姫様が、その場を代表するように聞いてくる。
その表情は喜び半分、信じられない気持ち半分、といったところか。
「もうホント、壮行パレードとかまでやって貰っちゃった上で申し訳ないんですけど……」
バッチリお別れ会までして涙ながらに転校して行ったのに実は親の短期出張だったことが判明してすぐに戻ってきてしまった、小学校の頃の同級生みどりちゃん。
再びクラスの面々を前に挨拶していた彼女の、気まずげな表情が思い出された。
みどりちゃん……俺、今ならたぶんあの時の君の気持ちが一〇〇%わかるよ……!
って、妙な感慨に耽ってる場合じゃないな。
「えーと……はい」
姫様に、そして皆に向けて、頷いた。
苦笑気味になっていた表情を改める。
「出来れば俺に、もう少しこの世界にいさせてください」
そして、今度は決意と共に頭を下げた。
「よ、よ、よ……」
姫様の目の端に、ジワッと涙が浮かび始める。
「喜んでぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
結局姫様まで抱きついてきて、俺の身体は満員のアトラクション状態だった。
「しかしゲッカ殿よ、どうしたというのだ……?」
未だ戸惑った様子のブレイズ様が尋ねてくる。
「その……最後まで迷ってたんですけど」
本当に、今日この時まで言おうか言うまいか迷っていた。
だってこれは俺のわがままで、それ以前に勝手な思い込みなのかもしれないんだから。
けれど。
「俺、この世界でまだやり残したことがあって」
先程、なぜか唐突に確信した。
「待ってる奴がいて」
アイツが、待っているんだと。
「決着を付けないといけない奴がいて」
アイツも、俺との決着を望んでいるんだと。
「だから……」
俺は、俺であることに誇りを持ちたい。
そう思って、この世界を救うために頑張ってきた。
けど……俺はたぶん、まだ自分に誇りを持てちゃいない。
最後が拍子抜けするような展開だったからとか、そういうことじゃなくて。
俺にとってそれは、いつしか世界を救うことで得られるものじゃなくなっていたんだ。
そう。
きっと、アイツを倒せた時。
その時初めて、俺の伝説は始まって……そして同時に、そっと閉じるのだろう。
だから。
「俺の戦いは、これからなんです!」
俺にとっての大団円は、もう少し先になりそうなのだった。
本作、これにて完結です。
最後まで読んでいただきました皆様、誠にありがとうございました。
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