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間章9 とある魔物の寂寥

 『それ』は今、安寧の中にあった。


 毎日毎日『それ』の命を脅かしていた人間が、ある日を堺にパタリと来なくなったから。


 本来、『それ』に人間の個体を識別する能力などないはずだったが。

 これだけ毎日襲われれていれば、嫌でも識別出来るようにもなろうというものだ。


 周囲の警戒を怠ってはいない。

 しかし、『それ』にとっての脅威が訪れるようなことはなかった。


 というかかなり長い間、あの人間以外の脅威に晒された記憶がない。

 以前は、もっと様々な外敵に怯えて過ごしていたはずなのに。


 怯えて……怯えて?


 『それ』は確かに今、あの人間に対して怯えている。


 だが以前も外敵に怯えていたというのは、本当にそうだったろうか?

 外敵を避け、遭遇すれば逃げていたのは事実。


 しかし、それは怯えなどという感情によるものだったろうか?


 感情?


 そんなものが、『それ』に存在していたのだったか?

 『それ』がこのような思考を抱くようになったのは、いつからだったか?


 そもそも、思考などというものを初めから『それ』は持っていたのだったか?

 もっと、本能のみで生きていたような。


 と。

 どこか遠くから、あの人間の魔力が感じられた。


 まだ、あの人間が来なくなってからそれほどの時が経過しているわけではない。

 にも拘らず、酷く懐かしい気がした。


 そう思うと、なぜか『それ』は居ても立ってもいられないような気持ちになった。

 そして『それ』は、気が付けば駆け出していた。


 その時『それ』が抱いていたその感情が、歓喜と呼ばれるものであり。

 『それ』がここ数日感じていたものが、退屈……あるいは。


 寂寥と呼ばれるものであると、『それ』はまだ理解するには至っていなかった。



   ◆   ◆   ◆



 『それ』は、駆ける。


 周囲を警戒するも、『それ』を襲ってくるようなものはいない。


 『それ』は、気付いていなかった。


 『それ』の縄張り……人間たちがトライデント王国と呼ぶ領域に棲む魔物を、『それ』が既にほとんど食い尽くしているということに。



   ◆   ◆   ◆



 『それ』は、駆ける。


 ついに『それ』は、生まれて初めて自分の縄張りを脱した。

 けれどやはり、『それ』を襲撃するようなものはいない。


 『それ』は、気付いていなかった。


 加速した時の中を駆ける『それ』を認識出来るものなど、存在しないということに。


 そう。


 たった一人の、人間を除いて。

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