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第11話 とある従者の行軍

 名前も聞けなかったあの村の悲劇から数日。


 俺たちは、魔王城に向けて進んでいた。


 ……といっても魔王は代ごとに住処を変えるそうで、今代の魔王がどこに城を構えてるのかはわからないらしいんだけど。

 なのでとりあえず、魔界を深く深くへと進んでいる状況だ。


 とはいえその旅路自体は、至極順調だった。


 その主な理由は、目の前の光景にある。


「しっ!」


 姫様が、でっかいハチっぽい魔物を斬り裂く。


「せっ!」


 姫様が、でっかいトカゲっぽい魔物を斬り刻む。


「はぁっ!」


 姫様が、でっかいライオンっぽい魔物を斬り捨てる。


 まさしく姫様無双だった。


 この通り、道中の魔物は全て姫様によって一切の抵抗も許されず一撃の元に葬り去られている。

 「道中の露払いはわたくしにお任せを! ゲッカ様はどっしりと構えていらっしゃってくださいな!」とめっちゃ張り切った感じで言われたので、ついつい頷いてしまった結果である。


 気を、使ってもらったのだろう。

 実際、スライムより確実に強いであろう魔物をまともに相手して俺が生き残れるとは思えない。


 ただ、このまま戦わないで進むとずっと弱いままなんだから、それはそれでマズいと思うんだけども……って、よく考えたら五年も鍛錬してこれなんだから、どっちにしろそうそう短期間で強くなれるわけもないか……。


 しかし、それにしても……。


「姫様、強いなぁ……」


 ぼんやり姫様の戦いを眺めながら、思ったことをそのまま呟く。


【うん? まぁ確かに、思ってたよりかは全然やるようやね。もっとも、歴代勇者の中でもダントツトップの力を持ってはるお方とは比べもんにもならんけど】


 そうか……歴代勇者には、そんなに強い人がいたのか……スライムにすら勝てない俺じゃ、ちょっと想像も出来ないな。

 姫様の戦いでさえ、俺には到底真似出来そうもない。


 特に、凄いと思うのは……。


「あんなにゆっくり動いてるのに、ちゃんと魔物倒してるんだもんなぁ」


 姫様は、手を抜いている……というわけでもないんだろうけど、明らかに全力を出している動きではなかった。


 なにせその動作は、俺でさえ十二分に可能だろう程に遅いものなのだ。


【いや、言うてあのスピードも結構なもんやと……まぁ、ご主人はんからしたらそう見えんものしゃーないことなんやろうけど】


「うん、わかってるさ。あれだろ? あえてゆっくりとやることで型とか自分の動きを確認するやつだろ? それを実戦でやって、しかもちゃんと倒してるんだから凄いよな。俺がやったら、確実にスライム相手だろうとボコられるよ」


【いや、そういうわけやなくて……ちゅーか、ご主人はんの中でスライムてどういう扱いになってはりますのん……?】


「そりゃ、最弱の魔物だけど?」


【辻褄が合わん!?】


「? お前は、時々よくわからないことを言うなぁ」


【そのセリフ、そっくりそのまま丸っとお返ししますわ!】


 なんて、ペイルムーンと取り留めのない会話を交わしているうちに姫様と魔物たちとの(一方的な)戦いは終わったようだ。


「ふぅ……」


「お疲れ様です、姫様」


 汗を拭いながら戻ってきた姫様に、《ゲート》から取り出した冷やしタオルと自作スポドリとハチミツレモンを順次手渡していく。

 さながら運動部のマネージャーのようなこれが、最近の俺の専らの役割である。


「ふわぁ……とっても気持ちいいですわぁ……!」


 冷えたタオルに顔を付けた姫様が、言葉通り心地よさげに微笑んだ。


「ありがとうございます、ゲッカ様! ……というか、申し訳ありません。こんな、従者のような真似をさせてしまって……」


「いや、こちらこそ姫様に戦わせっぱなしになっちゃってすみません」


「そんな、それはわたくしが自ら望んだことですので……!」


「いやいや……」


 と、お互いに頭を下げ合う不毛な展開になりかけたところで。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 そんな、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。


「っ! ゲッカ様っ」


「はい!」


 姫様と短く言葉を交わし、頷き合った後で声の聞こえた方へと駆け出す。


「誰かぁぁぁぁぁぁぁ! 助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 声の主は、すぐに見えてきた。


 道の真ん中。


 車輪を壊された馬車。

 倒れ伏す、明らかに事切れている御者らしき男。


 悲鳴を上げる女性。

 それを取り囲む、人型の肥え太った豚面……オーク。


 状況は明白、ってところか。


「姫様は魔物をお願いします。女の人の方は俺が」


「承知致しましたわ」


 本来なら、役割が逆であるべきなんだろうけど……言っても仕方ない。


 俺だけならともかく、見栄であの女性を危険に晒すわけにはいかない。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 マズい、オークが女性に向けて斧を振りかぶった。


「《アクセラレーション》!」


 加速した時の中を全力で駆け抜ける。


 不意打ち気味だったおかげか幸いオークはまだ俺程度の《アクセラレーション》にも対応出来ていないようで、どうにか女性を抱きかかえてその場を離脱することに成功した。


「ふぅ……」


 安堵の息と共に、腕の中の女性を見る。


 サラサラと流れるストレートの銀髪に、チョコレートのように艶のある褐色の肌。

 細長く尖った耳は、人間ではないことを示しているんだろうか?


 パチクリと瞬かせている目の中心にある紅い瞳は、どこか怪しい色を宿しているように見える。

 その表情は呆けた様子でありながら、なぜか妙な艶かしさが感じられた。


 姫様の美しさが燦々と降り注ぐ太陽のような眩しいものだとすれば、この女性の美しさはその先が危険だとわかっていても引き込まれる闇のような怪しいものという感じか。


 なるほど傾国の美女というのはこういう人のことを指すのかもしれないな、などとぼんやり思った。

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