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第8話 とある旅者の訪問①

 《アクセラレーション》を継続したまま駆けること、体感で八時間ほど。

 実時間にして一~ニ秒くらいが経過した頃、ようやくゴアナの森を抜けた。


「んぅ……」


「!」


 ちょうどそのタイミングで姫様が身じろぎしたため、《アクセラレーション》を解除して立ち止まる。


「姫様?」


「くぁ……よく寝ましたわぁ……」


 呼びかけると、姫様はあくびを噛み殺しながら俺の背で大きく背伸びした。


 よかった、無事目覚めたみたいだ……やっぱり、瘴気の元を絶たなきゃダメなパターンだったんだな。


「姫様、大丈夫ですか? どっか辛いところとかありますか?」


「あらぁ……? ゲッカ様ぁ……?」


 まだ寝ぼけているのか、背中越しに見える姫様の目は半開きだ。


「ゲッカ様がこんな近くにいらっしゃるなんて……まだ夢の中でしたのねぇ……」


 そんなことを言って、姫様は顔を伏せる。


「ならもう少し楽しませていただきますわぁ……」


 そして、俺の首筋に舌を這わせ始めた。


「ちょ、姫様くすぐったいです。俺は食べ物じゃないですよ?」


「んちゅ……れろ……ふぁ……?」


 未だ半分瞼で隠れている姫様の瞳が、俺の顔を映す。


「………………あの……ゲッカ様……?」


 徐々に、そこに理性の色が戻ってきた。


「もしかしてこれ……現実……でしょうか……?」


「えぇまぁ、はい」


 俺の返事を聞いた姫様の顔が、みるみる青くなっていった。


 かと思えば、今度は真っ赤に染まり始める。


「ひきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 失礼致しましたわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 器用に身を捻って俺の背から脱した姫様は、危なげない足取りで地面に降り立った。


「もももももももも申し訳ありませんでした! わたくし、なんとはしたないことを!」


 そして、猛烈な勢いでペコペコと頭を下げ始める。


「いや、そんなお気になさらず。なんか食べてる夢でも見てたんですよね? 寝てるチビどもに舐められるなんてしょっちゅうでしたし、齧られなかっただけ全然マシですよ」


「あのその、食べる夢というか、ある意味食べられる夢というか……い、いえ! なんでもありませんわ!」


 顔を赤くしたまま、姫様はパタパタと慌てた様子で手を振った。


【なんや、目覚めた途端に面白いお嬢ちゃんやなぁ】


 ペイルムーンがからかうような口調で言うと、姫様が不思議そうに辺りを見回す。


「……? 今の、どなたの声ですの……?」


「あぁ、こいつですよ」


 と、ペイルムーンの鞘(なんかペイルムーンが自分で生成した)を叩いた。


【ども、ご主人はんの剣になったペイルムーンですぅ。よろしゅうに】


 もはや微塵もキャラを取り繕う気はないらしいペイルムーンが、軽い調子でそう自己紹介する。


「はぁ。わたくし、アンシア=トライデントと申します」


 よくわかっていない様子ながら、姫様はペイルムーンに向けてペコリと頭を下げた。


「……って、ペイルムーン?」


 しかし、徐々にその表情が驚きに染まっていく。


「ペイルムーンって、あの聖剣ペイルムーンですの!? 最強と名高い先々代魔王に致命傷を負わせながらも、最後の力を振り絞った魔王によって封じられたという!?」


【おーぅ、そのペイルムーンやで】


 機嫌よさ気に受け答えするペイルムーンを、姫様はしげしげと眺めた。


「わたくし、てっきりお伽話の中の存在かと……実在したんですのね……」


【まぁ、千年も封じられとったからね】


 しかし……ペイルムーンって、ホントに凄い剣だったんだな。

 なんか魔法も使えるみたいだし、あんなとこで簡単に拾えたのはやっぱラッキーだったんだ。


【ところで今、先々代言うた? っちゅうことは、先代の魔王はウチ抜きで倒したっちゅうことかいな。なかなかやるやん】


「えぇ、三百年程前に当時の勇者様とわたくしのご先祖様が……もっとも、倒しきるには至らず封印するだけに留まったそうですけれど」


 その話は、俺も聞いたことがある。


 確か先代の勇者と、えーと……光の巫女? とやらの活躍として語り継がれてるそうで、以前姫様が喜々として語ってくれた。


「今代の魔王は、先代の魔王が封印の中から少しずつ力を移して産み出されたと言われていますのよ」


 へぇ、そうなんだ。

 その話は初耳だった。


【なんや、つまり残りカスかいな】


 そう言うペイルムーンの口調は、つまらなさそうなもの。


 こいつ、戦闘狂タイプなのか……?

 より強い奴と戦い的な。


 まぁ剣なんて戦うためにあるんだから、そうだとしても不思議ではないか……。


「いえ……封印への反発が逆に先代魔王の力を高め、それを全て受け継いだ今代の魔王は恐らく先代勇者様が戦われた時の魔王より遥かに強力だと言われておりますわ」


 マジすか……。


 まぁ、スライムすら倒せない俺からすればぶっちゃけ魔王ってだけで無理ゲー感漂うわけではあるんだけど……。


【まーなんにせよ、ウチとご主人はんなら魔王なんてよゆーよゆー】


「そうですわね! ゲッカ様に、更に聖剣ペイルムーンの力まで加わるなんて! これで怖いもの無しですわ!」


 いや、むしろ怖いものしかないんですが……。


 つーか、本人抜きで盛り上がるのやめてもらえませんかねぇ……。


「あー、まぁそれはともかく」


 なんとなく居心地の悪さを感じ、俺は少し強引に話題を変える。


「そろそろ日も暮れますし、泊まるところを探さないと。姫様の体調も心配ですし」


「いえ、わたくしなら……というかわたくし、なぜ眠っていたのでしたっけ……?」


 若干今更感のある疑問を口にして、姫様が首を捻る。


「瘴気にやられてたんですよ」


「瘴気に……? そういう苦しい感じはなかったというか、むしろ凄く嬉しい何かがあったような気がするのですけれど……?」


「記憶が混濁してるんでしょうか……自分でも気付いてない体調の変化があるかもしれませんし、やっぱ今日は早く休みましょう」


「お気遣い、感謝致しますわ」


 礼を言うと共に、姫様はふんわりと微笑んだ。


「では、この辺りで野営を?」


「いえ、テント一式ゴアナの森に置きっぱなしにしてきちゃいましたし……どうもこの先に村があるみたいなんで、そこで宿を貸してもらおうかと」


「魔界に、村……?」


 姫様が眉を顰める。


 ゴアナの森は、人界と魔界を隔てる境界線のようなものだと聞いている。

 つまり、ゴアナの森を抜けたここはもう魔界ということだ。


 とはいえガイコツ鳥が飛んでたり人面樹が徘徊してたりするわけでもなく、周囲を見渡してみても人界と変わらない景色に見える。

 俺の《サーチ》に引っかかったこの先の村でも、普通に人間が暮らしている様子だった。


「魔界に暮らす人間もいるとは聞きますけれど、村を形成するほどとなると……わたくしが思っていたより、そういった方が多いということなのかしら……?」


 姫様も、そう納得した様子である。


【……ぷっ】


 そのタイミングで、腰に下げたペイルムーンが小さく吹き出した。


「今、なんか笑うようなことあったっけ?」


【いやいや、なーんも】


 問うてみても、そう返ってくるだけ。

 変な奴……。


 まぁ剣の笑いどころっていうのは、人間とは違うのかもしれないな……。

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