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第1話 とある弱者の挑戦

 俺は、怪物と対峙していた。


 ゲームの話じゃない。

 今、現実で起こっている出来事だ。


 しくじれば死ぬ。

 コンテニューも、復活の呪文もない。


 たった一つの命が失われ、俺という存在がそこで終わりを迎える。

 この緊張感は、何度経験しても慣れるものじゃなかった。


 汗が頬を伝っていくのを感じる。

 けど、拭っている余裕はない。


 『奴』を前にそんな行動を取るのは、あまりに致命的な隙となるから。

 周りが止まって見える程加速した時の中で、俺たちはジリジリと互いの様子を伺う。


 ピクリ。

 ゆらゆらと身体を揺らしていた『奴』の動きが僅かに変化を見せた。


 来る!


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 半ば恐怖心に突き動かされる形で足を踏み出す。


 俺が駈け出したのと、『奴』が跳んだのは全くの同時。

 十メートル以上あった互いの距離がゼロとなるのに、瞬き一つの時間もかからなかった。


「シッ!」


 手にした剣をコンパクトに振る。


 だが『奴』は空中で体勢を……いや、『体型』を変えて俺の剣を避けた。


「ごふっ!?」


 些かも勢いを衰えさせなかった『奴』の体当たりが俺の腹にぶち当たる。


「チィッ!」


 痛みと強制的に肺の空気を吐き出させられた苦しみで涙目になりながらも、俺は再び剣を振るった。

 ほとんど反射的な行動ではあったけど、出鱈目の一撃というわけじゃない。


 正確に狙い澄ましたはずの斬り払いはしかし、やっぱり『奴』を捉えるに至らなかった。


「くっ、そぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬。


 夢中で剣を振っているうちに、次第に自分と剣が一体化したような感覚に陥っていく。


 俺が剣に、剣が俺に。

 あるいは自分の身体以上に、自在に剣を操ることが出来た。


 なのに。


 『奴』には届かない。


 これは、という場面は何度もあった。

 無数の斬撃が『奴』を傷付けた。


 けれど、どうしても致命傷に至らない。


 とはいえ、それはお互い様でもある。

 最初のボディアタックこそ綺麗に貰ってしまったが、俺もそれ以降まともな一撃を食らってはいない。


 初撃のダメージも、とっくに抜けている。

 もっとも、絶えず新たな打撲傷が身体の至る所に刻まれているんだけど。


 お互い、決め手に欠ける状況。

 けれど、油断すれば終わりは簡単に訪れるだろうという確信がある。


 無論、どちらかの死という形で。


 それは、綱渡りのような均衡状態だった。



   ◆   ◆   ◆



 それから、どのくらいの時間が経っただろうか。


 『奴』を見つけたのはまだ朝方と言って差し支えない時間だったはずなのに、いつの間にか太陽は山の向こうへ沈もうとしていた。


「はぁ……はぁ……」


 上がりきった息は、全く戻る気配を見せない。

 肉体も精神も、限界に近かった。


 でも、それもまたお互い様。


 『奴』の場合は至極わかりづらいけど……恐らく、全くの余裕ということはないはず。

 ないと信じたい。


 と、酸素不足により朦朧とし始めている頭の中で思考が少し横道に逸れたところで。


「っ!?」


 夕日が目に入り、思わず一瞬目を閉じてしまうという大失態を演じてしまった。


「くそっ!」


 慌てて目を開けるも、時既に遅し。


 『奴』は、もう動いていた。

 どこにそんな余力を残していたのか、今日一番の跳躍を『後方』に向けて。


 そのまま、一目散に俺から遠ざかっていく。


「……また、逃げられたか……」


 溜息混じりに呟く。


 もっとも、あるいは見ようによっては助かったとも言えるのだろうけれど。


 俺と『奴』との戦いの終わりは、いつもこの形で訪れる。

 最初の頃は必死で追いかけたもんだけど、その成果は『奴』の逃げ足が一級品であるとわかっただけ。


 スタートダッシュで出遅れれば、追いつくことはまず不可能と言える。

 こうなると俺に出来るのは、ものすごい速度で遠ざかっていく『奴』の後ろ姿をぼんやりと眺めることくらいだ。


 いや……『後ろ』姿というのは、正確ではないのかもしれない。


 なにせ『奴』の身体には前も後ろも(たぶん)ないんだから。


 顔もない。

 手足もない。


 それどころか、定型すらない。


 プルプルのゲル状の身体。

 サッカーボール大のそれが、ヌルヌルと地面を滑るように走って(?)いる。


 『奴』。

 それは、スライムと呼ばれる存在だ。


 そう、スライムである。

 某国民的RPGでお馴染み、雑魚の代名詞。


 もっとも現実ベースで考えると相当な難敵という話もあるし、ゲームによってはそこそこの強敵に設定されていたりもする。


 だけど、それは『この世界』には当てはまらない。

 ここでも、スライムは雑魚オブ雑魚である。


 冒険者になりたくば、まずスライムを狩るべし。

 冒険者ギルドで真っ先に言われる言葉らしい。


 だから、俺も真っ先にスライムに挑んだ。


 そして。


 勝てなかった。


 俺は、雑魚オブ雑魚以下のクソ雑魚なめくじだった。


 いや、そんな言い方をするとなめくじに申し訳ない。

 なにせおおなめくじといえば、スライムより数ランク上の魔物だ。


 俺なんかが気安く呼び捨てにするのさえおかがましい。

 なめくじ様と呼ばせていただくべくだろう。


 とはいえ。


 いくら『勇者』だろうと、俺は元々貧弱なもやしっこである。


 ついでに言うと、公務員の父とスーパーマーケットのパートタイマーである母の間に生まれた庶民の中の庶民。

 厳しい修行に耐えてきたわけでも、秘めたる力を備えた血筋というわけでもない。


 現実はゲームじゃないんだ、そんなに都合よく進むはずがない。


 一番の雑魚とはいえ、魔物は魔物。

 一般人の俺が、何の苦労もなく倒せるはずなんてない。


 そりゃ最初は、がっかりもしたけど……よくよく考えてみれば、当然のことだ。


 誰だって最初はビギナー、雑魚以下から開始。

 これから強くなっていけばいい。


 まずはスライムを倒すことが、俺の壮大な物語の始まりなのだ!


 ……そんなことを思いながら、毎日スライムに挑み続け。


 ついぞ一度も勝てることがないまま、今日で俺がこの世界に『召喚』されて五年になる。


 俺の壮大な物語は、未だ始まる気配を見せてすらいなかった。

本作を読んでいただきまして、誠にありがとうございます。

「面白かった」「続きも読みたい」と思っていただけましたら、少し下のポイント欄「☆☆☆☆☆」の「★」を増やして評価いただけますと作者のモチベーションが更に向上致します。


本日中に、9話目まで投稿致します。

よろしくお付き合いいただけますと幸いです。

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