第四話
「……わたくしに、何を話せというのです。子殺しの重罪を犯そうとした、こんな女に」
即刻処刑されてもおかしくない罪だ。二人の愛の結晶をこの手で粉々にしようとしたのだ、誰だって百年の恋も冷めるはず。
だから、優しい声で「話してほしい」と言ってくれる理由がわからなかった。
「まずは貴女を騙すような真似をしたことを謝らせてくれ。実は昨日、視察には行かず、ずっと貴女のことを見ていた」
「そう、ですか。わたくしは、何か怪しかったでしょうか? 普段通りの行動をとっていたはずですが」
「ここ最近、思い詰めているような顔をしていただろう。本当のことを言えば最近に限らず、息子が生まれてからずっとだが、特に」
なるほど。つまり、マルセル陛下には全てお見通しだったわけだ。
フローチェを今でも大切にしてくれているのだという実感を得られて嬉しさを感じる反面、心配をかけていたことは申し訳ない。
申し訳ない、と思ったのだが。
「単刀直入に訊こう。――どうやったら、貴女を助けられる?」
「はい?」
次に聞こえてきた発言にはさすがに耳を疑った。
普通、どうして息子に手をかけた?だとか、打ち明けなかった理由などを問い詰めるべきところだろうに、この男という奴はどうかしている。
「わたくし、子供を手にかけようとしたのですよ?」
「そうだな。だが、貴女が理由もなしに子殺しに走るとは思えない」
「なんですか、それは。例えば、息子の夜泣きが激しいため疲弊して頭がおかしくなった、といった理由かも知れないではないですか」
皇子の夜泣きはひどかった。元気な夜泣きを聞いている時間も、ある意味幸せではあったけれども。
……ともかく。
「真っ先にわたくしを助ける方法を尋ねるのは、あまりにわたくしを信じ過ぎです」
「愛する妻を信じることを悪いと私は思わないが」
「――ッ!!」
平気な顔で『愛する妻』と言ってのけられて、フローチェの冷え切った体に熱が戻ってきたような気がする。
そうやって喜んでしまわずにはいられないフローチェはなんと浅ましいことか。でもきっと、その浅ましさを知ってもなおマルセル陛下は変わらないのだろう。そう思えた。
「どういった事情であれ、子殺しをしかけたのは事実。あなたの妻であり続けることはできません。それに……わたくしは、最初からあなたに胸の内を明かす気など、さらさらないのです」
全てをぶちまけてしまえれば楽だ。楽ではあるが、当然マルセル陛下を巻き込んでしまうことになる。神を再誕させるためなら戦争も厭わない父の手の者によって、帝国が蹂躙されてしまう。
「あなたにわたくしの苦しみがわかるものですか」
苦しみを苦しみと気づかせてくれた人へ、フローチェは必死で冷たい言葉を投げつける。
――夢見がちで、優しくて、わたくしを愛してくれるあなたに醜い真実など教えたくない。
「話してくれればわかる。わからなくとも、全力で理解しようと務めると約束しよう」
「いいえ、理解などしていただなくて結構です。結構ですけれど……わたくしを愛しているなら、どうか、どうかわたくしの最後のお願いを聞いてくださいませ」
懇願するフローチェの声は小さく震えていた。
そんな情けない有様の彼女の言葉をマルセル陛下はただただ静かに聞いてくれて。
「皇子を死なせてください。本当は生きていてもいい。とにかく、それらしく見える赤子の死体を用意してください」
「――――」
「そして、わたくしと離縁するのです。理由は適当につけておいていただいて構いませんが、条件が一つ。それは、できるだけわたくしが悪女だと世界中に知られぬようにしてくださることです」
この上なく荒唐無稽なお願いだったのに頷いてくれた。
「貴女がそれで、悲しい顔をやめてくれるなら」、と。
マルセル陛下は夢見がちな人であるが、決して馬鹿ではない。フローチェが祖国から送られてきた間者である可能性や、帝国に害をなそうとしているかも知れないということを考えなかったわけではないだろうに、それでもなお頷いてくれたのだ。
その瞬間、フローチェがどれだけ救われた気持ちになったことか。
せっかく幸せを手放す覚悟が持てていたはずが、また一つ、大きな未練ができてしまった。