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第一話

 皇妃フローチェは幸せだった。

 自分を心から愛してくれる優しい夫を持ち、彼との間に可愛らしい王子を儲けた。


 何不自由ない人生。満たされた毎日。フローチェは新しい家族のことが、大好きで仕方がなかった。

 ――どうして手放さなければならないのだろうか、と考えてしまうくらいには。


「ごめんなさい」


 ずっと幸せに生きられたら良かった。

 けれどフローチェにはそれが許されない。血の色をした呪詛が刻まれた手紙を手に、唇を強く強く噛み締める。


「どうか……愚かなわたくしのことを恨んでください」


 ぎりぎり、ぎりぎりと握りしめるのは、愛する我が子の首。

 フローチェの目から静かに涙がこぼれ落ちた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 フローチェはとある小さな王国の姫として生まれた。

 神話の時代から続く『神族』の血を強く引いているからか、兄弟姉妹は皆美しい白髪と神々しい美貌を有していたが、中でもフローチェは常人とはかけ離れた虹色の瞳をしていた。


 一番期待されていたのは、おそらくフローチェだっただろう。


「次代でついに、最後の『神族』の末裔との婚姻となる。青い血の子を産め――それがお前たちの使命だ。赤い血の流れる子など要らぬ。産んだそばから殺してしまえ」


 ことあるごとに父にそう告げられては、「はい、お父様」と当たり前のように答えていた。

 ……否。『当たり前のように』ではない。フローチェにとって、父の言葉は一点の誤りもない真理であった。


 何代前から続けられてきた目論見かはわからないけれど、フローチェの一族には悲願がある。

 それは、神を再誕させることだ。


 神話の時代に醜い戦争を起こして神格を落とした七柱の神々がいた……とされている。

 神々は人の仲間に下り、王や皇帝を名乗りながら、人類とまぐわうことで血を繋げてきた。そのうちにかつては鮮やかな青色をしていた血は赤く濁り、虹色の瞳が失われたのだとか。


 しかし『神族』の中には神の血を色濃く引いている者もいる。

 それを利用しようと思いついたのがご先祖様。小国の王族というだけでは満足せずに、血が濃い者らと子を成すことで神を再誕させ、一族の傀儡として世界を支配する計画を立てた。


「素晴らしい計画だと思うだろう?」

「はい、お父様」


 計画のためなら駒になることを笑顔で受け入れるのは当然のこと。その上で青い血を持つ子を産むのがフローチェの存在意義だ。


 少数ながら異を唱える兄弟はいたが、そういう者に限ってすぐいなくなる。きっと愚かである故に処分されるのだろう、フローチェはそう信じて疑わなかった。

 脳みその奥の奥まで血統主義に染まり切っていたのである。


 婚姻ができる最低年齢である十六歳になった途端に政略結婚を言い渡され、大国の皇帝へと嫁がされるまでは。




「ようこそ、バスティアーンス帝国へ。貴女が、私の妻となる(ひと)だな」

「フローチェ・アルテナでございます」


 皇帝マルセル・メイマ・バスティアーンス陛下。

 女性のように長く伸ばした黒髪に、理知的な青の瞳が印象的な殿方だった。体格はほっそりとしていて、今にも折れてしまいそうだった。


 ――こんな方と子作りして、わたくしの目的が果たせるでしょうか。


 上から下まで彼を眺めたフローチェは見惚れるどころか、そんな風に考えてしまったけれど。


「これは愛のない政略結婚だ。貴女の国との同盟関係を結ぶため、婚姻は成される」

「承知しております。両国間の平和の一助となれるのですから、この上なく光栄なことでございます」

「――だが」


 柔らかく目を細めながら、マルセル陛下は仰った。


「私は、貴女を愛したいと思っている」


 耳を疑わずにはいられない言葉だった。

 骨の髄まで叩き込まれた礼儀作法や淑女の振る舞いを忘れて、「は???」と言ってしまったのは仕方がなかったと思う。


 政略結婚に愛を求めるなんていう馬鹿なことを言い出す人間がこの世にいるとは、想定もしていなかったから。


「……大変失礼ながら、仰ることの意味がわかりません」

「そのままだ。言葉通りに受け取ってくれたらいい。貴女は信じられないのかも知れないが……そのうちわかるさ」


 この日から、フローチェの人生は大きく変化した。してしまった。

 愛そうだなんてしてくれない方が、良かったのに。

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