第25話 廃屋での対面、ベルタの正体
私たちが廃屋にたどり着いたころには太陽はすでに沈んでいた。
辺りはすっかり暗くなって空には星が瞬いている。路地の一番奥……廃屋のドアの向こうにベルタの臭いは消えている。
そこから出てきた気配はない。今もかすかに香るリリィさんの匂いがあの廃屋から漂っている。
「あの奥にリリィさんがいるってことなのね?」
アリスティアが確認してくるので頷いておく。廃屋は石造りの小さな建物で正面の入り口の他に裏口が一つ。多分中には二部屋あればいい方だろう。
裏口から出て行った臭いがしないことを確認すると私は猫の姿のまま土魔法を使う。
『アースウォール!』
猫の姿の私は純粋なグレインの使い魔だ。魔封じのミサンガを外してきているのでグレインが使える全属性の魔法を十分の一の威力で使用できる。
メキメキメキメキと音が出そうな勢いで土の壁が盛り上がり裏口を塞いでしまう。実際には音一つなく壁が出来た。
「な、土属性魔法だって!?」
メルヴィンが驚愕の声を上げている。そうだよね……私が魔力水晶の試験で『火属性』のみの魔法使いっていう事をその目でみてるしね。
あれは美弥呼の体が『火属性』だからで今の黒猫ミヤコは全属性なのだ。
言い訳が大変そうだけど、裏口の封鎖まで済ませて少し離れる。
別の路地に入って『メタモルフォーゼ!』と唱える。
グレインの気遣いの毛布をかぶったミーア・キャンベルの姿になる。
「どういうことなんだ! 君は火属性しか使えないんじゃなかったのか!?」
そう言ってメルヴィンが私の両肩を毛布の上から掴む。
ちょ、待って!? 毛布の下は全裸だから!!
「はい、そこまで! 今はもっと大事なことがあるでしょ? メルヴィンくん……あとセクハラだから」
アリスティアがメルヴィンの手を掴むと彼も毛布の下の状況が分かったみたいでパッと手が離れる。
いや、私が真っ赤なのは仕方ないけど、加害者? のメルヴィンが真っ赤なのはなんでだよ!
「あっち向いてて! あのね、あそこの廃屋の中にリリィさんはいると思う。後、ベルタさんも」
人として話せるようになった私は早口でそう言うと毛布の中でブレスレットから収納魔法で取り出した下着や制服を身に着ける。
「ベルタさんが!? どうして?」
アリスティアは不思議そうに聞いてくる。
「確証が持てるまで話さなかったけどあのハンカチからはベルタさんの臭いもしていたの」
「それじゃあ、君はベルタを疑っていたのか?」
メルヴィンの言葉に頷く。私はベルタのことを疑っている。それは彼女が転生者ではないかという私の疑念と合わさると間違いないものに思えた。
「誘拐犯かどうかは分からない。だけど今はリリィさんの救出が最優先だと思う。彼女は間違いなくあの建物の中にいるわ」
話しながら私はブレスレットから杖を取り出す。杖と言ってもワンドと言われるタイプのもので元の世界の指揮者のもっている指揮棒くらいのサイズ。
ああ、有名なイギリスの魔法使いくんが持っている杖を想像してもらったら分かりやすいかも。
「しかし、あの中は探知魔法が効かないみたいだぞ。三人でどうにかなるのか?」
メルヴィンが言うが確かにその心配はある。私も猫の姿で廃屋内を探ろうと探知魔法を使ってみたのだが中はまるで見えなかった。
「アリスティア……めいいっぱいの強化魔法をかけておいてくれる?」
アリスティアにお願いする。アリスティアはゲームの後半まで回復魔法と強化魔法しか使えない。もっともバフはかなり強力なので彼女をうまく使いこなすのがゲームの鍵なんだけど。
回復魔法特化型の魔術師。
多重に強化してもらい、正面のドアの左右に立つ。日本の扉は外に開くものが多いけど、このゲーム世界は西洋世界準拠なのかうちに開くようになっている。
「中に飛び込むと同時に私が砂を撒くから風魔法で部屋中に拡散して目つぶしをかましてくれる?」
「分かった。やってみる」
「アリスティアは相手が近づいてこないようにこの棒で突いたり叩いたりして距離を取って」
建物の外に立てかけられていたほうきの柄をアリスティアに渡す。強化されてるアリスティアの腕力なら殴りヒーラーくらいにはなれるはず。
「それじゃあ、三二一で飛び込むよ。さん、にぃ、いち! 行くよ!」
そういうと私は扉を開いて飛び込んだ!
「ウィンドストーム!」
メルヴィンが唱えたのは暴風を起こす風魔法。もしもリリィが入り口側の最初の部屋にいた場合怪我をするかもしれない魔法を使うのは躊躇われる。
なので私が放った砂を部屋中にまき散らすことで目つぶしを狙った。……のだが、私が撒いた砂はそのままバラバラと床に落ちる。
魔法が不発に終わったメルヴィンが驚愕している。
「ま、まさか対魔法結界? マズいぞ! この建物の中は魔法が使えない!」
ゲームの中でダンジョン内に何か所か存在する魔法禁止ゾーン。マジックアイテムなんかでも実現できる厄介な空間だ。
「へぇ、アリスティアじゃないか。まさかそっちから来てくれるなんて……『飛んで火にいる夏の虫』だな」
そう言いながら部屋の奥から姿を見せたのは金髪のオカッパで学園の制服の上からローブを羽織ったベルタ・ノルンだった。
悪役令嬢の取り巻きではあるが優等生で勉強ができる真面目なキャラクターだったはず……なのだが今の彼女の顔には冷たい笑みが張り付いている。
「飛んで火にいる夏の虫」と言った時の発音が完全に日本語のそれで、私は少し動揺する。
カシャン! と音を立て彼女の両隣に立っているのは竜牙兵だ。竜の牙から作ることができる魔法兵で剣の腕前は一般の兵士を凌駕する。
「油断したね。こいつらが本気を出したらゲームが始まったばかりの一学期頭《今》のシルヴァ王子とアルフレッドでも勝てないんだ。このタイミングで魔法使い二人がアリスティアを連れてきてくれるなんて最高だよ」
マズいな。判断ミスったかも。
まさか相手側が物理に特化した体制で待ち構えてるなんて……こんなことなら救出を焦らずにグレインに報告に行って一緒に行動するべきだったか?
一刻も早く助け出さないと、攫われた時点で貴族社会ではリリィの立場はかなりマズいものになると思い救出を焦ったのが裏目に出た。
貴族令嬢は攫われたという事実自体が傷物扱いになってしまうのだ。
よく小説なんかで貴族令嬢が攫われているけどあの時点であることないこと噂を流されて将来が閉ざされるのが現実なのだ。救出されればそれでいいってものではない。
これから先、リリィが辛い目に遭うのを防ぎたくて秘密裏に解決しようと思ったのだけど、ベルタは想像以上にヤバい相手だったらしい。
「リリィさんはどこ?」
「ああ、練習台か。俺のレベルもまだ低いからね。入学したんだからゲームがスタートしたのかと思って最初の奴隷にしようと思って実験してみたけどまだ精神支配は無理みたいだ」
そう言うとベルタが部屋の奥にかかっていたカーテンを引いた。
シャーッと音がしてカーテンが開きベッドが見える。そこには下着姿で手足を拘束されたリリィの姿があった。
「おい、どういうことだ!」
メルヴィンが怒りに震えている。彼にとっては貴族令嬢がこんな辱めを受けていることの衝撃は転生者の私や平民のアリスティアの比ではないだろう。
私は手を横に出してメルヴィンが飛び出そうとするのをとどめる。今の私たちが飛びかかったところで竜牙兵の剣が一閃したら終わりだろう。
「なんでこんなことをするんですか?」
アリスティアが信じられないという声を出す。
「なんで? 決まってるだろ。ゲーム本編が始まったんだ。俺の調教師としてのレベルも上げないと」
「ゲーム本編? あなたは何を言って……」
ベルタの言葉にアリスティアが疑問の声をあげる。そうだよね、アリスティアたちにとっては全て現実だもんね。
「アリスティア、ベルタは転生者なの。彼女は『異世界』からこの世界に転生したの。そしてこの世界をゲームだと認識しているの」
「そんな……まさか……」
アリスティアは信じられないという表情だ。
「ああ、そうだとも。俺は『現実世界』から来たんだよ。この学園はゲームの世界なんだ。俺はヒロインを攫って調教する同人ゲームの世界に転生したんだ」
そういうゲームがあったことは聞いている。ゲームのデザイナーも絡んでいたとかいなかったとか聞いているけど、R18だし推しのグレインも関係してないから私にとっては関係ないはずだった。
「自分のことを『俺』っていうことはあなたは『元の世界』では男だったってことでいいの?」
私は言葉を重ねる。この世界はゲームの中だったかもしれないけど生きている人はみんな血が通った人間だ。18禁ゲームの攻略対象でもなければ調教対象でもない。
そのことを理解してもらって「彼」にこんなことを止めさせないと。