第1話 私は猫である。名前はミャーコ。
私は猫である。名前はまだない。
「ミャーコ」
訂正、名前はミャーコらしい。
なんだ?……私のことを呼んでるのか?
返事をしようとして「はい」と答えようとしたら自分の口から出て来たのは「にゃあ」の一鳴きであった。
なんだこれ……猫ににゃっちゃったの?
にゃっちゃったののじゃないって……それに目が覚めた瞬間、自分が猫だって思った気がする。
「ミャーコ、どうした?」
頭の上からめちゃくちゃシブい声がする。
イケボ……って言うか、私の推し声優の塩澤兼敏の声にそっくりだ。
目を開くと目の前に整った顔……いや、整い過ぎたオジサマがいた。
ちょ、近い近い!! こんなの死んじゃうから!
必死で両手でイケオジを押す。
自分の体から思いっきり遠ざけるように全力で押して離す。
「どうしたんだ? ミャーコ。そんなに暴れて?」
イケオジは軽く力を緩めながら私を抱くことは止めてくれない。
はあぁ? 私イケオジに抱っこされてるの?
ついでに私の名前は庭月野美弥呼であって、ミャーコじゃないし!
一生懸命黒いローブを着たイケオジの胸を押していて気付いた。
わ、私の手、黒い毛むくじゃらになってるし……めちゃくちゃ小さいし?
ついでに言うとこれ猫の前足だよ。
だって手の平じゃなくて肉球だし、爪の出し入れ自由だし!?
も、もしかして!? 自分の体を見下ろして確認する。
うわあ! やっぱり猫だこれ! 私黒猫になっちゃいました?
でも猫の体だと自分の体の扱い方とか全く分かんないし!
とりあえず、ゼロ距離イケオジはダメだって……もう手遅れだけど。
暴れた結果、落っこちそうになって、腕の中から落ちないように腕に爪でしっかりとしがみつく。
自分の体の何倍も高いところから落ちても猫だから大丈夫かもしれないけど、自慢じゃないけど私は運動音痴なのだ。
猫になったからってそんなに華麗にキャット空中三回転できる自信はない。
イケオジは切れ長の目で整った顔を少し痛そうに一瞬歪めたけど、すぐに元の笑顔に戻った。
「ミャーコ、そんなに俺に抱かれるのは嫌か?」
銀髪ロン毛のイケオジが寂しそうに聞いてくる。
この距離でそんな誤解を生むようなセリフ禁止!
とりあえず、ひっかいてしまったのが申し訳なくて暴れるのを止めた。
大人しくなった私の頭をなでなでしてくるイケオジ。
この人猫の扱いに慣れてる? すごく気持ちいいんだけど……ゴロゴロ……気持ちいいと勝手にノドがなってしまう。
「よしよし。落ち着いたか? 使い魔の儀式が終わって動揺したんだよな」
この耳に心地よいバリトンボイス。
そしてこの顔……信じられないけど目の前にいるこのイケオジは私の大好きな乙女ゲー&小説の登場人物・宮廷魔術師のグレインで間違いない。
グレイン様は物語のここ一番の場面で活躍する切り札的存在で主人公による攻略ルートこそないものの隠れファンも多く、彼を主人公にしたスピンオフ小説まで出てるほど。銀色の長髪で碧眼、身長は192㎝で体重は85㎏。
彼が着ている黒のローブに施されている緑の刺繍はこの世界での高位魔術師の証。
ちなみに髭に関しては若くして宮廷魔術師になったために威厳をつけるために生やしているらしい。
え? なんでそんなこと知ってるかって? それは私がこの「魔法のマリアージュ(略してマジ・マリ)」というゲームとスピンオフ小説の大ファンだからに決まってるじゃない。
私は自分が今この世界にいることと自分が猫になっているという事実をとりあえず、受け入れることにした。
いや受け入れざるを得なかったという方が正しいんだけど。
だって、自分の手足を見たら……ニャーニャル成分が半端なくて否定できるわけがなかった。
ふわふわの体もこの毛むくじゃらの手足も猫そのものだ。
「ミャーコ。どうした? 固まって、元気がないぞ。よし、そんな時は!」
そう言うとグレイン様は大きなお皿の上に茶色い猫の食事を用意してくれた。
グレイン様曰くこれがミャーコの好物らしい。
グレイン様はさらにもう一握り同じものを用意して自分の膝の上に私を乗せてから私の目の前に……あ~ん状態である!
思わず普通にかぶりついてしまったけどこれって女子高生としてアウト?
ていうか、グレイン様ってそんなにネコフェチだったの?
原作でも小説版でもそんな描写はなかったけど……
あ、そう言えば小説版の表紙のビジュアルでは肩に黒猫をのせていたような気が?
あれがひょっとして「ミャーコ」なの?
いや、ネーミングセンス!
あ、でもこの世界の言葉が翻訳されれてそう聞こえているだけで実際はもっとカッコイイ音なのかも?
ファンディスク(グレイン出てないからやっていない)にあるエピソードで主人公が拾った犬につける名前がポチタらしいし。
カリカリを食べて一息つくとちょっとだけ落ち着いた。
いや、グレインの膝の上は心地よすぎて落ち着きすぎるけど。
てゆうか、ずっと腰? のところを撫でられてるし。
今私は猫だからセーフな気もするけどお尻だよね?
どうしてこんなことになったんだっけ? 私はちょっとだけ回想する。
そう……黒猫のみゃーこを現実世界で助けようとして事故にあって……
------------------------------------------
クロネコに転生しちゃった女子高生の物語です。
土日は5話ずつ投稿予定です。2話は10時ごろ投稿予定。
カクヨムにて5月28日に最終話投稿予約済みの完結保証です。
先行しているカクヨム版は全29話6万5000文字を予定。
現在24話まで掲載中です。
https://kakuyomu.jp/works/16818093076664574579