その3(7)
修理して日の浅いドアは簡単に壊れてしまった。役人らは僕の仕打ちのせいか苛立たしげに入りこんできた。ネーテはそのまま立ち尽くして僕を睨みつけていた。役人の内二人は僕に構わず部屋を探索し始め、一人が僕と向き合った。その役人(役人Aとする)の腰には剣が差してあった。僕は椅子の背もたれを握り、その脚を役人Aの方に向けた。
「ここにテルテはいないって言ってるだろ」
「ドアを叩きつけておいて、今更そんな言い訳が成立するわけがないだろ」
「帰ってくれないかな」
「あんたもしょっ引くよ。理不尽な暴力を振るわれたからな」
役人Aは剣を抜いてこちらに向けてきた。このままにらめっこをしている方が怪我をしなくて済みそうであるが、僕が相手をしているのはたった一人である。あとの二人はテルテが向かった二階へ上っていった。相手の目的はテルテなのだから、僕が一人でも多く足止めをしなければならないのに、成果はたった一人。このままではいけないと自分を奮い立たせ、思い切って椅子の脚を闘牛のツノに見立てて役人に体当たりした。
タイミングが良かったのだろう、思わぬ行動に動作の遅れた役人Aはそのまま押し倒された。その隙をみて僕は二階に向かった。
テルテの寝室から物音が騒がしく響いていた。入室してみると(先程述べたように)窓が開いていた。窓枠から屋根へ上ろうとする脚が見えていた(役人Bとしておこう)。慌てて僕は近づき、その片脚を両腕で抱きかかえるようにした。
「危ないだろ!離せ!」
「へっへっへ、引きずりおろしてやる」
どちらが悪役か分かったものではないが、ここでは役人の方を悪役だとしてもらいたい。僕は掴んだ脚を綱引きのように手繰り寄せ、部屋の中央を目指した。僕の視線はこのとき脚に釘付けだった。暴れる脚に僕の体は揺さぶられていたから他に目を向ける余裕がなかった。そのため無防備だったのだろう、廊下側から襲ってきた攻撃を避けることはおろか頭を殴られるその瞬間まで気づかなかった。
「さっきのお返しだこの野郎」
役人Bの脚を離して倒れ、見上げると役人Aだと分かった。こいつにしてやられたのだった。気絶こそしなかったが、気絶したふりをした。そのおかげか今なら捕まえられる好機のはずなのだが、役人Aは僕を無視して窓際へ急いだ。
殴られた痛みを我慢してそちらに目をやると、大きな影が急降下していくのが窓枠に映った。この光景をより近くで見ていた役人Aが、顔を小刻みに左右させているのが後ろ姿からでも分かった。おそらく役人の誰かがやられたのだろうと思った。
彼の手元を見ると剣かと思いきや、袋を握っていた。あれは間違いない、テルテを造るときに用意した材料だ。中には砂が入っている。あれで殴られたらしかった。
僕は役人Aの無防備を感じ取ると音を立てないようににじり寄った。息を殺し、ついでに手で押さえて背後まで距離を詰めた。役人Aが屋根に上ろうとして袋を下ろした瞬間、僕は袋を奪い取った。
「さっきのお返しだこの野郎」
屋根からテルテが室内に入ってきた。
「それで全部だね。君の奇声だけでここまで正確な判断ができたんだ。これでこそ理想の女だね」
「倒れているこいつ以外は屋根から落としたのか」
「そんなに高さはないから遠慮なくやったりました」
問い詰めているようだが、仮に僕がテルテの立場でも同じことをしただろう。
「ところで、ネーテが来て君がルタを殺したと言っていた。本当なのか」
「私はあのとき泣かしただけ。泣けなくなるまで追い詰めてはいない」
「じゃあ、ネーテはなぜあんなことを言ったんだ。仕返しってことか」
「そうじゃないのかな。あれから時間が空いている。仕返しなら陰湿なやり方をするんじゃない?」
「ちなみに泣かせたって何をしたんだ。殴ったのか、問い詰めたのか」
「あのときの不機嫌まで呼び戻すけど大丈夫?」
「後片付けをしないといけない今、それは困るな」
テルテは一息をつき、腕を組んで、
「この際だ、極論を言わせてもらおう。今の君にとって私がルタを殺したか自体はどうだっていいはずだ。問題は私がルタを殺し、それを殺してないと偽るほどに気が置けないか、だよね。私を役人に差し出せば、君は一旦危険から脱出できる。でも再開する日常に大きな欠陥を発見することになるだろう。その喪失感に君は耐えられるのかい?」
「君に見捨てられたら、それ以上に苦しむだろうな」
「それもそうか。所詮人形だから、君の方から見捨てようというわけだ。それなら構わないよ。また新しく造ればいいんだからね」
「残念ながら僕の力量では、もう一度テルテを造ることはできない。出来上がるとしたら別人になる」
「それじゃあどうしたいのかはっきりしないな。私を取るのかネーテを取るのか。それとも両方取りたいのかい?」
「僕は我儘でね」
「二兎を追うものは一兎も得ず」
「一方を捕まえてから、もう一方も捕まえればいいんだね」
「そう思うのならやってみなよ。私はいつでも捕まっているからさ」