表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一人称彼女  作者: さみうち まつも
第二章 名前の代償
6/55

その2(6)

 昼は子供達と遊んでいるが、当然夕方になるなり、親に呼び出されるなりして子供達は帰っていく。相手のいなくなったテルテも帰ってくるのだが、まだまだ体力は有り余っているらしく、僕がくつろいでいようがお構いなく邪魔してくるのだった。そして夜中だろうが声量が昼と変わらず大きかったため、近所からクレームが入り、その度に僕は頭を下げなければならなかった。

 僕はしばしばテルテを見せびらかしたい欲求に駆られ、不要普及の外出を重ねた。テルテと外を歩いていると自分はいい気分だった。人前を二人で歩くと充実感があった。どうだ羨ましいだろうと胸を張って歩いたものだった。テルテは名前を尋ねられると必ず「理想の女です」と答えた。

 こうしてテルテの存在は広まった、というよりはこちらから広めた。このときの僕はテルテを紹介していると信じて疑わなかった。

 こうした積み重ねの結果、特に理由もなく、テルテ目当てに訪問してくる人が現れるようになった。だが、こちらとしては恥をかきたくないので多くの場合は拒絶した。ドアがテルテに破壊されて以来、ほとんどお金のない僕にとって、家のドアの修理を頼む余裕はなかった。素材は腐りかけている木材を売ってもらって確保して修理したくらいである。頼んでおいた方がよかったかもしれない。深く考えずにドアをつけたために間違えて外開きにしてしまい、内開きに直すのは大変だった。傷もそりなりについた。事あるごとにドアを開けて顔を合わせて、ニブイチ=ボロいドアの人という公式を村の人に刷り込みたくはなかった。

 おまけに二階建ての僕の家で人に見せられるものと言えば、一階は玄関から見えないところにある食事と実験両用のテーブルと椅子であり、二階ではベッドがある。他のものは人に見せられるような状態ではない。ゴミじゃないかと言われても、反論できないものばかりである。とてももてなせる用意はなかった。

 おまけに仕事についていないので、どうやって暮らしているかも聞かれたら困った。既に説明したように、僕は制約はあるが盗む魔術を使うことができる。これを利用して、毎日買い物に行って支払いをし、相手が袋に入れるなどお金から目を離す瞬間に魔術を発動させ、払った分を取り返していた。だから働かなくともお金に不自由することはなかったのだ。こんなことをいちいち説明するのは面倒だし、理解してもらえばもらえばで信用を失ってしまう。

 こんなことよりも気がかりでならなかったのはネーテとルタのことである。テルテが薬を毒だと嘘をついて以来、会っていなかった。このまま彼らの母親の病気が悪化してしまうのも困るので、誰か知り合いにでも言伝をと考えていた。

  



 そんな日のことだった。ドアを叩く音がした。

 朝の日差しが窓を通過してテーブルの一部分を照らしていた。テルテは椅子に座ってその光源を直視していた。どうせいつものテルテ目当ての訪問だろうと軽い気持ちでドアに向かった。

 ドアの向こうにはネーテがいた。しかし、彼一人ではなかった。ネーテの肩に手を置く男をはじめ三人の役人が立ち塞がっていた。背はネーテよりもずっと高く、筋肉質で三人とも僕を見下ろしていた。「久しぶり。元気にしてたか?あのときはごめんな。薬のこと嘘ついちゃって」と言える雰囲気はなかった。

 ネーテは重苦しそうに口を開いて、

「この家です。この男と一緒に住んでいるテルテという女にルタは殺されました」

 と役人に教えるように言った。最悪の展開だった。

「テルテは今外出中ですので、僕に詳しく聞かせて下さい」

 咄嗟に口が動いていた。

「なに、少し見せて貰えば納得しますよ」

 役人は引き下がりそうになかった。僕は役人の立派なガタイに怯えて手を遊ばせていた。何か体を支えるものを無意識のうちに欲していた。やがて左手はそれを探り当てた。ドアノブ!そうだ、ここは不手際で外開きだったのを内開きにちゃんと直していた。我ながらよく直したと内心自画自賛しながら、彼らに悟られないように目線はそのままドアノブを強く握り締めた。彼らが一歩こちらに踏み出した瞬間、僕は勢いよくドアを閉めた。そのあとすぐさま室内へ駆け出した。

 テルテに異常事態と伝えなければならない。しかし、直接言えばテルテが家にいることがバレてしまう。そう考えたとき、とりあえず大声を出せば、テルテには何か異常事態であることは伝わるんじゃないかと期待し、ああああああああああ!と叫んだ。テルテは即座に反応して、二階に上がり、窓のそばまで到達した。そこで怯まず窓を開け、屋根の上へと登っていった。

 このときの僕は二階へ上がったところまでしかまで把握できていなかった。とにかく、今僕のたてている音によりテルテの音を掻き消すために、そしてすべて僕が起こしていると信じこませるために、テーブルを倒したり、椅子を頭上より高く持ち上げ、その脚を床に叩きつけたりした。この際だ、気が狂ったとでも思い込んでくれればいいと思った。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ