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一人称彼女  作者: さみうち まつも
優劣 第九章
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その終

 ゴミ山にて、僕の肉体は片目が飛び出し、四肢はあらぬ方向へ曲がっていた。「少年」に施されていた魔術は解けつつあり、肉体の節目は腐った魚の色合いに戻っていた。この体を動かしたくとも、魔術が補充できないため叶わない。が、動かないと思うから虚しいのであって、動かなくていいと思えば少しは気分が落ち着く。元の体にせよ、この体未満の体にせよ、できることは限られている。自分の欲望と肉体の限界は、常に折衷を迫られているものだ。


 視界はまだ片目によって維持されている。と言っても、辺りは捨てられたゴミが不規則に、無作為に積み上げられているばかりである。見られてよかったと思うのは、せいぜいカラスや人が荒らしに来るときや、雨天で雨粒が弾かれる場面、ゴミのなだれが人しれず発生するときくらいである。冬にはこの見える目に雪が積もって遮ってしまうので、美しいのであろう雪景色は見られた試しがない。口と鼻も含め全身を塞がれるが、人形の僕には呼吸をする必要がないため、雪が積もること自体問題ではない。体温の低下も関係ない。積雪で包装されるだけで僕は死にはしない。


 一方で火災は天敵だ。一度火災が目の前まで迫ったことがある。空から十字架に似ても似付かぬ物体(今思えばあれは飛行機なのだろう)が突っ込んで来ると同時に、ゴミ山が噴火でもしたかのように、炎を散らした。ゴミたちは僕がそうであるように、自らを動かす力がなく、燃やされ、灰に転生するのを待つしかなかった。


 僕にしてもその例外ではなく、しかし恐怖心はなく、その瞬間を待っていた。むしろこの肉体から僕という魂は抜け出し、あのシブイチを名乗る本来の肉体へ帰れるのでないかと高揚していたくらいである。


 ところが僕は灰に転生しなかった。火が左腕を丸呑みにした時、火が人の形へ変形して、全身に燃え広がるのを防いだためである。それはかつて、僕がのぼせた思考力で向き合った、テルイチという「火の少年」だった。あのときのようにテルイチは父さん、と僕を呼んだ。そして声のでない僕でも、テルイチとだけは会話することができるらしかった。


 灰になり損ねた僕は、なぜか消えないテルイチを話し相手にして時間を浪費した。テルイチは物理的にものを動かすことこそできないが、ご都合主義なくらいに万能であることを知った。まずテルイチ自身はどこにでも移動できるという。それは水の中でも、真空空間でも問題ない。水上でも空中でも平然と歩ける。それでいて魔力等の補給も必要としない永久機関である。さらには僕とゴミとの間に立って通訳することもやってのけた。「少年」の正体が、死んだと思っていた詩人であることも教えてくれた。


 しかしこの通訳に至っては、彼の自作自演ではないかと疑っている。なぜなら複数のゴミの主張が、(言い方こそ違うが)頻繁に一致するからである。まるであらゆるゴミが妬み、恨み、ひねくているのかと錯覚しそうになる。


 テルイチはご都合主義な能力をもっているのに、僕にしてくれる介護は期待外れだった。醜態を晒したオークションのリベンジをテルイチに打診したが、難色を示し、父さんを新たな肉体に移住させる必要があるが、オレの力では魂を肉体から引き抜くことはできない。仮に引き抜いたとして、新たな肉体が空き巣とも限らない。そこに別の魂があれば肉体の奪い合いになるとのことだ。


 それなら奪い合いに勝てばいいじゃないかと言ったが、それは無謀だと父さんなら分かるはずだ、仮に勝ったからといって、他の魂や魔術士に肉体を奪われる危険性は絶えない。だから優秀な魔術士に付き添ってもらうのが対策として一番有効だが、優秀な魔術士は父さんの出場したような小規模のコンテストにに出向くことを原則拒む。例外といえば人脈だが、父さんには人脈がない。オレにも人脈はない、と反論された。


 僕の人脈はともかく、テルイチのは取ってつけたような言い訳の匂いがする。かつての家に帰りたいとか、テルテにもう一度会いたいと言っても、無理の一点張り。万能さを示し、僕に恩を着せておきながら、不都合なことはできないふりをしているように思えた。僕は何か騙し取られるのではないかと不信を募らせた。


(今まで見た魔術からして嘘、その中でも大義名分という、言葉の魔術ほど胸糞悪いものはなかった。だが僕が知る中で、その魔術を一番使ったのは僕自身であり、その魔術受けるのは決まってテルテだった)


 テルイチは僕の不満を払拭しようと、いろんなことを話したり、実践したりした。その一つが、デバイスなしにインターネットを閲覧する能力だった。システムは発展し、テルイチだけ閲覧できる状況から、今では僕の意思でもインターネットを閲覧できるようにしてくれた。


 インターネットを通じて、僕は時間の流れを知った。Wakipediaを通じて、てるてを知り直した。原作のてるてすら、今では歴史上という修飾語のついた人形として人々に使われているらしい。対して僕の存在はどのページにもない。だから人形扱いすらされていない。


 僕を含めたゴミ箱のゴミたちは、もはやゴミとして処分される運命か、人に取るに足らないものとして無視されるしかなかった。無論、物好きに拾われるという可能性は、宝くじの一等を引き当てる程度あるかもしれない。だが、そんな豪運が僕にあるとは信じる気になれない。


 そこでこうやってネット上に文を連ねることで、僕という存在を示し、このゴミ箱の中でくらい一番の高品質クッションになってやろうと尽力している。悪臭に秀でたゴミなりの臭い抵抗をしてやろうという魂胆だ。しかしゴミ山の(大抵ゴミとしか見なされない)人形たちにリポーターとして話を読んでもらい、僕というクッションのためのクッションになってもらった。結果、僕以外の人形も、物語を綴り始めてしまった。僕のテキストへの勝手な加筆、嫌がらせだけで済ませてくれれば、どれほど良かっただろう。


 ストーリーがあるという事実だけでは僕というクッションに優位性はもうない。さらに書き競うとなると、僕のような気まぐれなペースやアイデアでは、どうしても分量と話題性で不利となる。だから新たな強みを探らねばならないと思っているのだが、牛歩のペースで文字ばかりが増えている。すぐに強みが見つかるならゴミ箱入りなどしなかっただろうし、必然の結果だろう。やはり僕は忘れられるという運命しかないのだろうか?


 ここまで読み進めてくれた人よ、この一連の話があなたのための何らかのクッションとなれただろうか。捨てられ、忘れられるしかない運命に抗えただろうか?笑ってくれていたら幸いである。無理に笑えるなら、無理して笑ってほしい。友人に出くわしたときに自然と浮かべる、ささやかな微笑でも結構だ。如何様にも笑いようがないと言うなら、代わりに僕が笑うしかあるまい。自ら書いたものを強引に笑おうとする、いたたまれないあの声をあげるしかあるまい……


 とにかく僕の話はこれで終わりとする。ただ加筆・訂正は繰り返されるかも知れない。人の形すらとどめられなくなりつつあるが、僕という魂が痙攣すらできなくなるそのときまで足掻いてみるつもりだ。腐った魚でできた体は取り替えできそうもないが、文章という体は容易に取り替えられるらしいから心強い。いざというときはこの話を嘘と言い張り、胡散臭くて失神しそうなくらいの武勇伝を正史として書き綴ってやろうと思っている。


(強さを表現するコツは、噛ませ犬を用意することだ。その用意の仕方は、周りの人をそのままに自分自身が強くなるか、周りに弱者を増員して相対的に自分が強くなるかだろう。弱者のいない世界に強者は存在しない。弱者がいるおかげで、強者は強者として存在意義を与えられるのだ。僕だって簡単に強く魅せられる。問題はその魅せ方で、魅せ方が他を出し抜けるものを持っているかなのだが……。)


 今は逆で、弱さを突き詰めている。オークションに出品されたあの人形らよりは、弱さの魅せ方を知っているつもりだ。いつの間に強くなってしまったが、遠い日に思い描いていたテルテ像は、かわいいの方向性がメインだった。不甲斐ない僕を受け入れてくれる、僕だけのための存在。そして僕が守るしかないという支配と依存の関係。永久の夢はついに滅びて、僕という棒は彼女の強さにへし折られ、投げ捨てられた。それがここ、臭気漂う未練と悔恨というゴミが積みに積まれた山。山の一部となろうとも、いやなったからこそ、もう一度叶わぬ夢に賭けたくなっていた。



 ゴミに薄暗く覆われてどれくらいになるだろう。もうすぐ照手が出来上がる。肉体に魂を吹き込めば完成する。照手が僕の理想とする女性として誕生することを祈った。


 あとは外の人間が僕を見て、ゴミの中に混じっていることを気の毒だと思わずにいられないような、家に持ち帰ってでもあれこれ施さずにいられないような、一人前の、惨めなクッションになりさえすれば……


 僕はゴミと人形と灰を見つめながら、吸う必要のない空気を吸い、吐く必要のない息を吐いた。

お読みいただきありがとうございました。

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