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一人称彼女  作者: さみうち まつも
優劣 第九章
54/55

その5(54)

 会場は簡易的な設備の転換を施された。それは表彰のときから行われていたようで、僕ら人形とその親はその場で待機を命じられていた。中央には最優秀賞を得たテルテとシブイチがいる。テルテの左肩は僕の手によって抉られたのだが、その部分は布で覆われていた。


 表彰を受けた人間と人形のペアはステージに残り、それ以外は待機していた待合所での販売となる。点呼の際につけられたバッジを人間は外すように指示され、「少年」は指示に従った。乱暴に剥がそうとしたのか、バッジの付いていた胸の部分の布が破け、糸が著しくほつれている。


リポーターA<このオークションは人形とその製作者一組につき、一人の担当者が付いて、人形のオークションを仕切るようです。この担当者が売り手で観客が買い手となります。入札価格の最も高い買い手がその価格で人形を買うことができます。


 時間短縮のためか、コンテストに出場した人形全てを一斉に売り出します。人形のスタート価格はコンテストでの成績によって上下し、入選未満は金貨一枚、入選は金貨五枚、佳作は十枚、優良賞は二十枚、優秀賞は五十枚、最優秀賞は百枚となっています。照手は入選なので五枚スタートですね>


 僕はオークションなんていうイベントがあるとは、今この瞬間まで知らなかった。そうなって慌てて自分を見渡す。遠くから見ればどうとでもなるヒビや皺も、近くからなら容姿のマイナスポイントとなる。何より、臭いだ。僕自身では相変わらずさっぱり分からないが、嗅いだ人はもれなく苦言を呈している。実力だけで評価するなら、全く問題なかった。しかし他者に売るための発表会だったとしたら、実力なんかが他者へのアピールに繋がっただろうか。


 特に「少年」は何を考えているのか。僕を高く売るなら、この悪臭は真っ先に排除しなければならないはずだ。


 開始の合図であろうベルが鳴り響く。各人形の担当者が台座に乗り、人形の肩に片手を置いて一斉に声を上げた。


 なぜか僕の担当者だけは声がやたら高く、悪目立ちした。慣れていない付近の観客らは、その声の高さうるささのあまり、こちらを向いた。思いがけない気まずさが僕を刺した。


 コンテストのときに疎らだった観客の群がりがステージ付近に密集し、親鳥から餌をねだる雛鳥のように口を大きく開けた。


 これはあくまで会場全体の描写であり、僕や一部の人形には集まりはできていなかった。通りかかる人は一瞥して去っていく。


「六枚!」


「八枚!」


「十一枚!以上!」


 ある競りの一部始終の文字起こしなのだが、この三つの台詞を音読するのにかかる時間からも分かる通り、競りにはスピード感があった。魔術士と交流のない僕からすると彼らの金銭感覚を知らないので、これが高いのが低いのかはさっぱり分からない。


 はっきりしていることと言えば、この競りを終えた人が僕のところに流れてこなかったことである。僕の担当者はひたすらに、


「金貨五枚から!いかかですかー!」


 と同じフレーズを甲高い声で叫ぶばかりで、返ってくる声といえば金貨の枚数ではなく、「うるせえ」だの「やめちまえ」だの罵声ばかりである。


 その罵声にしばらく揉まれていると、ステージ中央から、ベルを鳴らす音と共に、


「はい五百枚!他にございませんね!いませんね……金貨五百枚で決まり!」


 と絶叫があがった。人形はシブイチだった。それにしても五倍になるまで争われるとは、余程気に入った富豪がいたのだろうか。話題性のための裏工作かもしれない。後者なら僕にも裏工作をしてもらいたいものだ。僕の近くにいた「少年」はいつのまにか行方知れずになっているし、僕の担当者は諦観して、


「金貨四枚に引き下げまーす!いかがですかー!」


 と勝手に値下げしてしまっているからだ。もっとも僕に工作するだけの価値を見出せるとは、僕自身すら期待していないが。



 再び周りに目を向ける頃には、人の集まりが半減していた。目当ての人形を買えた、買えなかったでここでの用を済ませたからだろう。


 移動する人だかりもそれなりにある。序盤こそ見向きもされなかった人形たちに、足を止める人がちらほらいた。ただし僕を除く。僕だけは変わらず一瞥で済まされている。この惨状に直面して、もしかすると、僕は売れ残るのではないかと考え始めた。売れれば、その買い手の所有物として新たな人生が始まることだろうが、売れなかったら、コンテストの運営の方で引き取るなり処置してくれようか。入選するだけの評価はして貰えたのだから、可能性はそれなりにあると信じたい。


「金貨二枚に引き下げまーす!いかがですか!」


 ここにきて、ようやく一人足を止めた。先程の(母親の抱いているぬいぐるみそっくりの顔の)娘だった。この娘が母親にねだり、僕を不承不承にも買ってくれはしないかという、滑稽な妄想に、このときの僕は熱中した。どうすれば娘に好感を与えられよう、とにかく笑って見せようと、慣れない顔を動かし、口を曲げた。娘の反応は酷いものだった。咳き込み出し、口、鼻、耳、毛穴……あらゆる彼女の穴から、悪臭の分子を吐き出そうとする発作を僕に浴びせた。娘は泣き出した。


 娘の母親がその姿を見つけ、有無を言わさず娘の手を引き、外へ向かった。母親は抱き抱えるぬいぐるみに微笑み、何か話しかけているのに、泣き続ける娘には口をきかず目もくれなかった。


 果たしてこの娘をモデルにぬいぐるみができたのか、それともぬいぐるみになるようにこの子が育てられているのか、僕には断言できそうもない。


「金貨一枚に引き下げまーす!いかがですか!」


「銀貨三十枚に引き下げまーす!いかがですか!」


「いかがですかー!」


「いかがですかー!」


「いかがですかー!」


 観客がいなくなり、関係者だけが残った会場の中、僕の担当者は意味もなく高い声で叫び続けた。他に声を出す人もいなくなったので、意味もなく会場全体響き渡った。仮に規則で声を出しているなら、馬鹿げた規則だと思う。



 僕だけ売れ残った。つまり僕が軽蔑した、かわいさという不完全性を武器に媚びを売った人形たちは全て売れたのである。売られることを視野に入れていれば、放って置けない、かわいらしいからそばに置いておきたいという同情や所有欲を引き出すこの戦法は合理的だと思う。逆にかっこいいという完全性を打ち出た人形にしても、人の中に憧れの種を蒔ければ人を惹きつけただろう。


 僕にはそのどちらも不足していた。僕がコンテストに自信があったのは、客観的に機能や着想を評価してくれる場だと思っていたからである。その反面、観客の心をくすぐる、主観的な評価には全く耐えようがないことは承知していた。オークションが始まった時点で、悲惨な結果になることはある程度覚悟していた。だが、その結果に至るまでの過程が、期待への裏切りで余白なく埋め尽くされていたために、心苦しかった。


 僕の後始末という最後でも裏切られた。コンテストで真に僕を評価してくれた人はいなかったらしく、僕はぞんざいに扱われ、ゴミ山へ捨てられた。聞くところによると今回は僕一体で済んだが、例年は二桁数もの人形を捨てるらしい。


 せめて数に紛れて捨てられたかった。

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