その4(53)
娘そっくりのぬいぐるみを見て、背を向けて微動だにしなかった女の人形を思い出した。(待っている 第八章より。照手として僕が「少年」にメンテナンスされている際のこと)
女の人形は「少年」を褒め称える言葉を執拗に言わされた挙句、カラスに興味本位でつつかれただけのことが引き金となって、「少年」に崖から蹴り落とされた。崖下にバラバラになった女の断片が残った。そのときはじめて、僕は背中しか見ていなかった人形の正面を知った。それはデスマスク作成のための型のように凹んでいて、正面はそもそも造形されていなかったのだ。背中ばかり見て想像で補完していたため、女の正面を見れば違和感を少なからず感じるだろうと予想していたが、待ち受けていたのは、宝箱の中が空っぽという肩透かしだった。
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肩透かし……造ったばかりのテルテへの感想もそれに近かった。かっこいいという完全性と、かわいいという不完全性をないまぜにしたテルテを求めていた。他人という人間ではないからこそ僕にとって都合の良い、共依存のパートナーを欲した。しかし出来上がったのは、かっこよさばかりが先行する、恥じらいとは無縁な彼女だった。守る対象としての要素を彼女は持たず、ひたすら僕は守ってもらう立場になった。テルテに対する僕の存在意義は、彼女の形を維持するための魔力の供給しか残らなかった。
彼女を造る前以上に、僕の存在は希薄になった。テルテさえいれば他に何もいらない、なんて抜かした声もあったが、むしろテルテがいたからこそ、僕は自分の存在のために旅に出なければならなかったのだ。これまで描写してきたテルテの活躍を見てもらえば、読者諸君にも納得してもらえると思う。
テルテは僕に近すぎた。論点をずらすことすら許されないほどに近すぎた。
リポーターA<テルテさんに魔力を供給する描写は、どこにもなかったですけどね>
僕にだって強くなりたい夢はあった。その過程としては、照手という可能性を得られたことは幸いかもしれない。テルテに僕の強さの可能性を、全て持っていかれ、シブイチが今使っている僕のかつての体には、弱さしか残っていないかもしれないからだ。ある盗み聞きによると、魔術とは魂を分裂し、分け与えることである。
僕の体と僕の心。一つに統合されてこそのニブイチだったのだが、別にニブイチであることが"僕"にとっての最善手とは限るまい。ニブイチの体よりも機動性に優れた肉体を選ぶ権利を、彼女は与えてくれた。心にあった体を探すきっかけを与えるために、僕を突き放した。テルテは僕のために、自らの存在意義を犠牲にしたのだろう。ひょっとせずともテルテは去っていったが、僕の体にも尽くしてくれているのだろう……。袂を分かつまで一心に尽くしてくれたテルテである。一見利己的に見える彼女の行為の正体は、僕への最高のプレゼントだったのではないか。僕が肉体とテルテという縛りから解放されるための、最後の献身だったのではないか?
リポーターB<テルテの「背中」ばかり見て妄想し、「正面」からは向き合わず、テルテを「蹴り落と」したニブイチ氏に、それが分かるだろうか?>
僕が妄想と区別のつかないこのような思考を、ステージの上でも躊躇わず続けていた。「少年」は僕の思考を止めようとはしなかった。
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「お前、なんで勝手に喋ってるんだ……」
この「少年」のツッコミとともに、客席から笑い声が波のように押し寄せた。その波の中に、
「軽くいじってみたらさ、『肩透かし……』とか言い出したのよ。最高だね、あの人形。アハハハハハ。どうよ、リピートする?」
つまり、[[このカッコ]]で囲まれた部分(リポーターのコメントは除く)が音になって、会場中に響いたらしかった。実際はもう少し会話調だっただろうが、そんなことはどうでもいい。僕は居た堪れなかった。「少年」は赤面し、硬直していたずらの張本人を睨みつけた。
笑いが止まり、一区切りの沈黙が済むと、「少年」は顔を綻ばせ、発表を再開した。僕があれこれ考えているうちに、発表は既に始まっていたのである。照手は力を見せつけた。瓦を割ってみせたり、倒立して歩行してみせた。奇遇にも僕が欲した強さを観客に表現しようとしていた。
上のように、他人事のように書いたのには理由がある。考えに耽って発表の開始に気づかなかったように、この照手という肉体は、僕の意思ではなく「少年」の施したプログラム通りに動くからである。瓦を割るのも、倒立するのも、僕がしなければと思う頃には、すでに行動は実行されていたため、この事実に嫌でも気づかざるをえなかった。そして今まで「少年」との間に会話は一度も成立していなかったと知った。会話らしき言葉の投げ合いは、互いにとってひとりごとだったということだ。
気づいた瞬間こそ「少年」が僕を見たのは、先のツッコミのときが初めてなのだと失望したが、発表が終わって拍手が起こる頃には、開き直っていた。別に僕が主体でなくとも、照手という強い肉体にしがみついていれば、しがみつく僕も自動的に強いということになるではないかと気づいたからである。照手に向けられる賞賛を、まるで僕のことのように受け入れていて、何を不便することがあろう。
「少年」は一息ついて、待合所へと歩き出した。僕の意思とは関係なく、この照手という肉体は「少年」の後を追っていった。シブイチの発表よりも、強さを表現できていた点は嬉しかった。
評判が気になり、ここでも盗み聞きを行った。
「いやあ、もうお腹いっぱい。てるてライクの人形がさ、前回あまりに多くて今回はもういないと思ったら、まただよ」
「いやいや今回のは別物さ。前回の有象無象だってあんなに臭くはなかったぜ」
「それはそうだ。臭いに関しちゃオンリーワンだよ。悪い意味でな」
そこで聞くのをやめた。不快だった。他の声を拾う気もなくした。どうして横断幕のシミや皺のような、些細なところばかり言われなければならないのか。どうして強そうだと認識してくれないのか。
仕方なく残りの出場する人形を評価してみることにした。残念ながら個々にコメントすることは見当たらない。どれもこれも観客に媚びを売ることしか考えていないように思えた。犬や猫といった愛玩動物的なものから、人型は目が大きい、顔が小さい、声が甘い、無邪気かつ素直、強がるくせにドジ、弱々しく袖を引っ張って主張する。強さを目指す人形は全く見当たらなかった。
そうして発表、審査が終わり、結果が発表された。最優秀賞はテルテのシブイチだった。僕の宿る照手は入選止まりだった。もう少し評価が良いものと思っていただけに悔しかったが、ステージで表彰状をもらうだけ評価してもらえたことを良かったと思うべきだろう。
本当にここで評価してもらえただけマシだったのかもしれない。これでコンテストは終わったが、この会場でのイベントはまだ終わっていなかった。
「これより、出場しました人形のオークションを始めていきたいと思います!」




