その2(51)
コンテスト会場がようやく目の前に現れた。地下道の行き止まりにあり、やはり外からの光はない。会場は広い。会場をコップ、僕をコップ内の水とするなら、僕は小粒一滴のサイズでしかないと痛感させられる。ステージの壁いっぱいを、『幻想対幻想』と書かれた白の横断幕が覆っている。遠目からも垂れ幕に刻まれた皺や黄ばみが確認できた。おそらく使い回しだろう。炎による灯りは、空間に乱雑に配置され、近辺をいい加減に照らしている。会場全体を明るくしようとか、スポットライトのようにステージを強調しようとか、そういう意図、工夫を全く感じない。これに留まらず、ステージ横の待合所は、ステージの左右の二箇所あり、どちらも四隅に棒を立ててあるだけのお粗末なもので、観客席は立つことが前提で、座るには土がぬかるんでいる。ステージに一番近い最前列は審査員席となっており、そこだけは椅子が完備されている。
受付に着くと、用もなくそこにいた人たちは人を避ける街の鳥のように、観客席へと逃げていった。受付もいい加減なもので、僕と「少年」を不快にさせるには十分な応対だった。受付にて、「少年」の滑舌が悪かったのもあるだろう。受付の男は不快な顔を露わにしていた。一秒に一度の割合で聞こえるようにオエッと言った。僕の名を口頭で登録する際、「少年」の発音は「あ」が「え」に聞こえるくらい、とても酷かった。そのせいなのか、あるいは僕から発せられる悪臭が連想させたのか、照手として登録されるはずの名前はテロリストと用紙に記入された。「少年」は声を荒げながら登録名を照手に訂正しようとしたが、男は照手だろうがテロリストだろうが分かればなんだっていいんだ、文句を言うなら失格にするぞ、と「少年」以上に声を荒げた。「少年」は微笑を浮かべようとして(誤って)眉間に皺を寄せると、登録名の誤植よりも失格の二文字を恐れたのか、黙り込み、待合所へ足を運んだ。
僕は「少年」の対応に不満だった。僕に期待してつけられたと思われた名前が、この拘りのない態度を見るからに、特別思い入れのある名前ではなさそうだからだ。彼の照手という名前の扱いは、翌朝には忘れているぽっと出の思いつき程度のものらしい。よりによってこの名前が軽いとは。名前が軽いとなると、僕への愛着も軽い可能性が高くなる。大切なものには不器用になろうとも、たいそうな名前をつけたくなるところである。
僕の方が自惚れが過ぎたのだろうか。「少年」が再現性のある魔術を使えるのなら、僕の同型を量産できる。しかし量産をするには、コストがかかるため、量産をするに見合うだけの裏付けが必要なはずだ。その検証が今回の、コンテストへの出品であるならば、僕は大役を課せられていることになる。大役を務める人造人間が、軽い存在であるはずがない。単に「少年」が名付けることに興味がない人間だったのだと、自分に言い聞かせた。
待合所では僕らが入る前から、人と人形で飽和状態になっていた。待合所の境界線を跨いで待機するものも多く、隣接するスペースは観客席の人で溢れ返っているために、見るだけではどこまでが参加者なのか判断しにくい。
しかし僕が待合所に近づくと悪臭のために、そこから野次馬を遠ざけた。臭いの出所と分かると、視線は僕に集中した。視線を分類すると、どうかしているよと言わんばかりの嫌悪のものが多数、去ねと言わんばかりの過激なのが少数。これが当然の反応と思うので、ひとつだけあった微笑に包まれたウェルカムな視線には恐怖を覚えた。
待合所はこうして居た堪れない場となりつつも、人が減って比較的風通しがよくなった。しばらくは襲撃されないかとあたりを見回して警戒していたが、それもないと分かると退屈になった。僕は地下道で話しをしていた語り手と聞き手を思い出し、彼らがどこにいるか、観客席を見渡した。特に後者はコンテストでの暗躍を仄めかしていたので、動向が気になる。しかし音に聞いただけなので、目では難しい。声を拾おうにも、声の数が多くて聞き取りづらい。特定の困難さからすぐさま退屈に逆戻りした。
今度は待合所内の人と人形を観察を試みた。向こうの待合所はここから見えないので、僕のいる方だけ。別にどうということはないが、品定めしていやろうというだけのことだ。人形の大半は僕より小さい小型のものだった。大きさがすべてではないだろうが、どれもこれも弱々しく見えた。力比べなら勝てるという、意味のない自信を持てた。力比べはなくともこのメンツの中でなら、僕は頑丈さをアピールできる。人形だって壊れにくいに越したことはあるまい。
点呼係の人が来て、左胸に黒一色のバッジを参加する人形と人につけていった。人はともかく、人形は悉く小柄のため、バッジをつけるために何度もしゃがまなければならなかった。すぐに足腰に限界が来たのか、途中からコンテスト中はつけてくれといって手渡しになった。当然僕もそのはずだったが、係員は臭くてたまらなかったのか、手渡しどころか、僕にはバッジを投げつけて済ませようとした。ゴミを無作為に捨てるかのようだった。「少年」がこの対応に腹を立て、場の関心を一気に集めるほどの罵声を係員に浴びせた。印象が悪くなったかもしれない。
そうこうしているうちにも参加者が一組、また一組とステージから呼ばれ、ステージに吸い込まれていった。(開会式はいつあったのだろう)コンテストのルールかは知らないが、右の待合所(僕らは右から)からステージに入場した場合、左の待合所に退場するようだった。左の待合所にいた参加者がこちらに下りてきたのを見ると。白のバッジをつけていた。
盗み聞きしたところによると、このバッジは前回大会において、一度ステージで披露したある魔術士が、自分たちはまだステージに立っていないと主張して運営側と揉め事になったことに起因するらしい。運営側に非はないものの、魔術士の主張を退けるだけの根拠もなければ、語彙力もなかったために予期せぬ苦戦を強いられたのだとか。その魔術士は高齢で融通が利かなくなっており、前回の件からコンテストを出禁になっている。ただしそれなりに魔術士が使えるので、外部に魔術が漏れないよう、介護されているという。
そんな盗み聞きも終わって自分の出番までどう時間を潰そうかと思った矢先のこと、次のアナウンスに僕は耳を疑った。
「次はテルテさんによる人造人間シブイチの紹介です」




