その1(50)
もうじき「少年」の手配した左腕に殺されるとも知らず、床の向こうの語り手たちは会話に明け暮れていた。
『前回出場した中で、人形のベスト5予想を言わせてもらおうか』
『開いた口が塞がりませんでした、今でも口は塞がっていません、とか言ってた人来るのかな』
『前回コンクールで魔神と称して水の巨漢を召喚した奴だな。今回はいないだろうよ』
『審査員に酷評されて、悔しがってたな。それで悪態もつかなかったし、憎悪もなかった。純然たる闘志を燃やしていただろうに、なぜ』
『あの表情が嘘だとは言っていない。俺が話したさっきの話だよ、魔術が人の形をするようになって、火の魔術士がどうなった?』
『物理的に燃え尽きた』
『同じように魔神に溺死させられてもうこの世にはいないよ』
『まさか、それじゃ魔神は必ず親の魔術士を殺すのが当たり前のようじゃないか』
『例外がないとは言わないけど、まず殺されるね』
『あくまで仮定の話だろ』
『そうとも、仮定の話だ。しかしお前の、あの魔術士は出場するだろうという予想も、仮説止まりに変わりないだろうが。いくらそれらしい根拠を並べたところで、それを裏切る結果の前には無意味なんだからな』
『それを言われたら、言い合っても埒が開かないからここまでによう。さっさとお前のイチオシを言ってくれ』
『三位は同率で三体。人造のペットを造ってた個体と、絵画や彫刻を再現したり、複製したりする個体、あとは楽器を生成する個体だな。この傾向は多くの魔術士に見られたが、この三体が消去法してましだと判断した。もっともどいつもこいつも模倣に拘る下心ばっかりで、野心もオリジナリティのかけらもありゃしない。あの再現性からグレードアップしない限り、一過性の流行が精一杯だろうよ』
『ありきたりな模倣止まりだからね。今回はパチモンもいくつかいるんだろうね』
『パチモングランプリじゃないんだからなあ。勘弁してもらいたいね。第二位はあの動く椅子だな。こいつはまだましだと思う。』
『前回の時点だと、静止するときの慣性力で、座っていた人が前に突き飛ばされる欠陥品だったな』
『あんなのは背もたれの方を座る向き及び進む向きにすれば解決さ。それより問題は椅子の脚の耐久力と地面の擦れる騒音の方だ』
『あれは聞くに耐えなかった。みんな耳を塞いでいたし、印象は最悪だった』
『それは置いておいて、今回はどんな小細工かなあ。座る人間に応じて態度の変わる椅子にするとかなら楽しそうだけどな。生真面目で不器用な人間が座ろうとすると椅子の脚が折れて転けてしまう。無愛想な人間が座ると面が硬くてやたら尻が痛くなる。一方で性癖どストレートの相手には極上の座り心地を提供するとかな』
『椅子に媚びを売る人間なんて見てみたいね。案外馴染みがあったりして。それで第一位は……』
『あの、鼻くその人形だよ。鼻くそで構成されているから、欠損箇所を鼻くそで補填するってのは画期的だと思った。何年分の鼻くそを使ったんだろうね。補填する前に、いちいち鼻くその匂いを嗅いでから使うのはあの魔術士の悪癖かな。前回はほじくりすぎた結果、せっかくの修理ショーが鼻血の出血大サービスになるという失敗に終わったけど、今度は期待してもいいかもね』
『確かにインパクトはあったけど……正直言ってあんまりすごそうとは思わなかったなあ』
『うん、全然すごくないよ。大したことない。君でも勝ち目はあるよ。鼻くその人形にしたって、人形を造りたいが何をベースにするのが望ましいかっていう流行りの型にはまった発明だからね』
『えっ、そんなにしょぼいの?』
『そりゃそうだよ。褒賞が金貨数百枚程度のちゃちなコンテストに、国を裏で支配するような魔術士が手の内を明かしに来るわけがないじゃないか。魔術が実用面で優れていれば、不特定多数に売名する必要なんかない。脱毛の魔術士ですら、ここには来ないだろう。コンテストに来るやつの中には、アイデアを求めて、凄腕の魔術士にやられた被害者が紛れ込んでるかもな。いたら話を聞いてみるといい』
『いや、優れた魔術士でも、承認欲求からこのコンテストを支配しようと思う人間が一人くらいいてもおかしくないだろう』
『それは否定しないが、一度手の内明かせば、その魔術士を取り立てて強調して優れたとは言われなくなるだろう。過去の栄光となるだろう。例外的なのが鼻くそで、それを使おうっていうのはなかなかできない。屁理屈じみてるけど人に造られた人形って多少は手垢やホコリにまみれてるだろ。みんなそれを隠したり振るい落とそうとするんだけど、逆にその振るい落とされる物体に焦点を当てている。それでいて一つの自己顕示欲に満ちた結晶になってるんだからね。魔術を大きく変えることは決してないのだろうけど、俺の辞書での人形の定義はあれに変えられつつあるよ。俺はあの人形を魔術士を推すのはそういうことなんだ』
『鼻くそに酔いしれる前に戻すけど、過去の栄光となるのは役人どもに密告されて封じられるってこと?』
『それもあるだろうけど、真似されて似たような魔術士が急増するんだよ。これを真似すれば自分を栄光の姿に変えられるってな。そうしてみんな同じ類いの魔術を使っていたら、希少価値が薄れてしまうんだな。コンテストの観客からしたら捻りが弱くて飽きる。オリジナリティの枯渇だよ。その中でどんぐりの競争が起こって、ひときわ輝きを魅せる原石だけが次の優れた魔術士と称されることはあるだろう。どれも輝きが鈍い石ころだったら、十把一絡げに忘れ去られるだろうな』
『じゃあ、俺の気に入った石ころは俺が無理矢理輝かせてもいいかな』
『合金を金だと納得させるだけの説得力と合理性なら、石ころを輝かせるかもな』
『お前は鼻くそに輝きを見ているじゃないか。鼻くそにできることが石ころにできないとでも?』
『お前、いつになく気合いが入ってるな。俺は観客のつもりでいるが、お前は誰かに目をつけているのか?……いや、具体的な名称は出さんでいい。そんなもんが頭に入って視線に偏りが出ると怪しまれるからな。俺は命が惜しい。命をたくさん用意してくれるなら聞いてやってもいいが』
『(散々鼻くそを投げつけたくせに……)まあいい。たくさんってこれだけあればいいのか』
『おいおいまじか、これなら死に放題じゃないか!それなら……いや、いかんいかん。命が多すぎて他の何かを見落としかねない……』
『慎重だな。自己満足か何か?』
『そうさ、自己満足さ。そう軽蔑した顔をするな。魔術なんてのはいずれも自己満足から始まるんだ。その満足を他人に伝わるまでに拡張すれば、あれよあれよと賞賛に変わるのさ』
そのあとも話し声は絶えなかった。
語りの多くが魔術に対する考察で締められているが、その多くは僕の持参していた情報を大きく逸脱していた。自国のみを描いた地図を見たあとで世界地図を見せられ、自国の小ささを思い知ったような気分である。僕は小さかった。話を聞けば聞くほど小さくなっていきそうだった。現時点で聞かされた分だけで、僕は魔術士と名乗るには烏滸がましいと言うしかあるまい。井の中の蛙にはなるまいと息巻いていたのにも関わらず、井の中にいることに今まで自覚していなかったのだ。
語り手の名ずる人造術や分魂術の根拠となる説明は数と決定打に欠ける。語り手なりの、聞き手への配慮から、説明をある程度省いたことも考慮しても、話半分で心に留めておくべきだろう。とはいえ、「少年」はいい線を通った考察だと評するのだから、無視されるのを承知で、「少年」に根掘り葉掘り詳細を確認したくなる。
しかしそれは「少年」の博識を認めると言うことでもある。「少年」が、魔術、魔術士に関して真に博識であるというのは、恐ろしい。どんな手品も小細工も、容易に看破されてしまうなら、素人の僕には全く抵抗のしようがない。自由など訴える余地はどこにもないわけだ。
不幸中の幸いか僕の出場する、コンテストには自信を持った。聞いている限りのメンツであれば、僕がそこに入ったからといって格別劣るとは思えない。僕はてるてという実在の人物をコピーひた外見でありながら、その成分は腐った魚で構成されているという、人造人間の中でも極めて特殊な個体である。人造人間が上位に入りやすい印象ももった。おそらく鼻くそと腐った魚の一騎打ちとなるのだろう。除け者同士火花を散らす。
見ると「少年」は顔から余裕を枯渇させ、気がつけば口を大きくして歯をガガガガ鳴らしていた。時間の経過を考慮すると、どうやら床の向こうの暗殺に失敗したらしい。




