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一人称彼女  作者: さみうち まつも
待っている 第八章
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その48

 地下道のある地点から松明が壁に沿って設置されていた。やっと会場に近づいてきたのだと僕は感動を覚えた。地下道を歩き始めて一日くらい経ったときに「少年」は「あともうちょっとで会場に着く」のだと教えてくれた。それから三日後に「ほんとにあともうちょっと」だと教えてくれた。


 それからももうちょっと、もうちょっとと言い聞かされて結局、歩き始めてから今に至るまで二十日間歩かされた。その間道の様子は全く変わることはなった。その単調な通路の様子は次第に気にならなくなり、その壁には僕の記憶で作られた動画(妄想)が上映されていたくらいである。とにかく僕は「少年」から「あともうちょっと」という言葉を聞かされると殺意を抱く体になってしまった。腐った魚でできた肉体だけに根性も腐らずにいられないのだろう。


 久しぶりに通路の壁に関心を寄せた。二十日間一本道だと思ってばかりいた通路は、その壁に隠し穴らしき形跡が無数にあることを知った。全く「少年」が触れてくれないし、尋ねても別の話をするものだから今まで知りようがなかったのだ。構造次第では逃走や暗殺に利用できるのかもしれない。反魔術士サイドがこの場所に迷い込めば袋の鼠という仕組みだろうか。


 「少年」は歩きを緩めた。てっきり僕を慮ってのことかとまばたき一回分くらいは期待したが、例の如く違った。方向転換でもなかった。前方に二人の男が立ちすくんでいた。



 男の片方が陽気に話しだす。


「この銃ね、すごい威力あるんですよ」


 そう言って付き添いに向けて発砲した。付き添いの胸に穴が開いた。拳一つ入りそうな大きな穴だった。


「わあ、すごい。これなら人間はイチコロですね」


 付き添いは他人事のように自身に開いた穴を見てはしゃいだ。穴を前と後ろと交互に見比べていた。よくよくその穴を見てみてると、血の代わりに僅かに砂が滴っていた。この付き添いは人形だったようだ。


 そしてその穴の向こうには、それこそ本当に撃ち抜かれて死にかけている男が覗かれた。男から血が同心円状に広がっていく。


「おい、よくも相棒を殺してくれたな!」


 撃たれた男の友人らしき人が向こうから怒鳴り散らしていた。黄色の帽子を被っているのが見えたが顔はよくわからない。


「あれは無視でいいよ。どうせ動物の血と腐る前の死体を使って本物の人間だって嘘をついてるんだ。最近多いんだよ、そういうの。間に受けていたらキリがない。カルマさん、この銃であの男を撃っといて。もし奴が人間だとしても、聞かれたら銃が勝手に撃ち殺しちゃったって言えばどうとでもなる。なにせ幽霊を動力源としているからね。こちらだって十分被害者になれる」


 大きな穴の開いたカルマは嬉々として向こうの男に発砲した。黄色の帽子の男は風で浮く紙屑のように吹き飛んだ。僕の価値観では理解のできない一部始終だった。腐った魚でできた僕の肉体で見ると、発砲された二人とも本物の人間にしか映らなかったのだ。


「全く呆れるよ。どいつもこいつも人形ばっかりだ」


 男の始末が終わると「少年」は今来たかのように白々しく、


「これは使えそうですね。人形や人造人間なんか造って壊してなんぼの世界ですものね。検討します」


 と交渉を始め出した。この銃が僕の人生を終わらせる予感がした。


 僕は殺された二人を、見た通り人間なのかそれとも人形なのか確かめるべく棒立ちで見つめた。後に殺された方は完全に静止しているが、先に撃たれた方は痙攣らしき動きが残っていた。左の二の腕から下が動いて、何かを探しているかのようだった。


 しばらくしないうちに、左の二の腕は狙いを定めたかのように動きを止めて、僕らとは反対方向へ行進を始めた。動かない残りの部分は気怠そうに引きずられていった。すぐに松明が等間隔に燃えている通路の途中の穴に消えた。

 

 交渉が終わり、「少年」は商人へ金を渡し、商人は銃を差し出した。それで散り散りとなってから五分ほど奥へ進んだ頃に、


「そろそろ引き返そう。弁明するのは得意じゃないから急ぐぞ」


 と言って「少年」は来た道を引き返すのではなく、すぐ横の隠し穴を広げて飛び込んだ。何の弁明か心当たりはない。考えている暇はなかった。その隠し穴は頭ひとつ入る大きさだが、両手で押し広げるとゴムのように穴は伸びた。そのまま内部に乗り込んで穴から手を離すと、穴は弾性力で元の形に縮んだ。勢いがあったために引き遅れた右足首を痛打した。前を見ると「少年」は消えかかるほど先を進んでいた。穴の中は似たような通路が広がっている。


 「少年」のペースは相変わらず速かった。今度こそ付いていけないと諦観していたが、案外見失わない。穴が萎んで彼の姿が見えなくなっても、知っているはずがないのに、どこの穴に入ればいいのか感覚的に分かった。


 先着の「少年」は息を切らしながら、倒れる人形か人か、荷物を剥ぎ取っていた。倒れている顔を見るとさっきの商人だった。商人の顔に血がポタポタと落ちているので上を見ると、左の二の腕だけが動く死体が壁にしがみついていた。やはりそれ以外の部分は動きそうもなかったし、実際動いていなかった。この死体が商人を殺したのだろうか。だとすると「少年」が仕込んだこととしか思えない。僕はこんな話聞かされていないし、「少年」の様子から察することは全くできなかった。置いてけぼりにされているようである。


 息が整ってきたのか「少年」がぶつぶつと呟き出した。


「よしよし、こいつも食っていいぞ。さっさと食え。どうせ人間じゃないんだ、徹底的に動けなくしないと報復されかねん」


 「少年」の指示に従い、死体が壁から飛び降り、左腕以外の動かない部分で商人の全身を覆った。動く左腕は商人の周りを嗅いではつまみ、嗅いではつまんだ。そして左腕と胴体の間の脇を開いた。脇は意外にも空洞になっており、その中から誰かの片耳を覗かせていた。片耳はトンボがホバリングするときの翅のように痙攣していた。


 左腕は商人の頭から自らの脇に押し込もうとした。死体は壁に自らの胴体を叩きつけた。この一部始終を無心で眺めながら、商人の付き添いの人形はどこへいったのか予想していた。この左腕だけ動く死体に収納されているに違いない。


 この商人も人形だったのかいと言いかけて、


「人造人間、な。最近の奴は人間と見分けが難しい。そこでお前の腐さが役に立つ。嗅覚特化の人形でもない限り、奴らはこの臭さに気づかなかった。てことは人間ではない」


 自慢げにそう語るが、かくいう「少年」は鼻をメルメの魔術のように分離して臭いを遮断している。同様の処置をしていない人間がいないとは限らない。だから僕の臭いなど完璧な判別法にはなり得ないはずだ。彼らもコンクールの出場のためにここを歩いていたかもしれない。コンクールのために往来する人を対象にものを売ることが目的の商人だったとも言えなくはない。だから「少年」の言い分はどこか自分に言い聞かせている雰囲気がある。


 しかし今のような狩りをするためならコンクールに僕を出展するのはどういう狙いだろう。隠しておいて、人形狩りを独り占めした方がいいように思えた。

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